20171202

蒼い衝撃の感動も冷めぬまま向かったのはかつての「赤アクリルの街」金沢  その4:上堤町1丁目の至福

さて、駅から離れて街を歩きます。
目指すは単口、あるいはアルファベットのオールド送水口。

とはいえアクリルはやっぱりたくさん目に焼き付けておきたい。

蒼と紅

夕べ新横浜できょうだいに遭遇しました。

こちらは、ぽんたさん 仰るところの「しめしめ物件」であります。しめしめ。

ここぞとばかりにのぞいて・・・・

みたかったのですが、人通りが多かったのでここまでで諦めました。しくしく物件。

金沢ニューグランドホテル。文字が、文字が凄い。


括弧と文字の間がバーで繋がれているようです。気のせいかしら。

「送」の字の画の間や片仮名の間も繋がれているようです。




表に回って見ました。送水口のためにここまで。要塞送水口。

近付いてみましょう。

雨が降ってきましたが

だんだん強くなってきましたが 
いやはや凄く厚みのある文字です。
括弧と文字の間はやはりバーで繋がれていました。



これを技術的に美しくないとみるか、できるだけ長く文字を崩さないための工夫なので多少綺麗でなくともよいと見るかは意見が分かれるところかもしれません。


因みに背面はこんな感じでした。

蛇口痕でしょうか。 

さてさて。大通りに出ました。
尾山神社の前です。香林坊側に向かい、大和デパートに行くつもりでしたが、めいてつエムザ方面になにやら送水口オーラが漂っている気がしてなりません。

時間を気にしつつ、左へと足を向けました。さてさて。

わー、長い!!

私が今まで出会った中でおそらく最も背高のっぽの採水口です。
手前の送水口が自慢げに紹介しているかのようです。かわいい。

いやー高い。

あっ

日本生命金沢ビル。1969年。昭和44年。
消防法ができてしばらく経っているのに設置されたSIAMESE。
中部地方のにおいが致します。飾り板、こんな色になるのですね。雪の威力なのか。


機械彫刻、に彩色したのでしょうか。



青アクリルを覗いて、加工してみる。立売堀製作所様・・・・・?


とりあえず、純粋もの(昭和37年、おまけして30年代までのもの)ではありませんでしたが、感動です。満足です。

ふわん、となりながら歩いていくと、妙な空気。


ん?あれはもしや。



おおおおお


ああ、この文字!

このロゴは!!!

村上様ではありませんか。(ちょっと勿体付けてしまいました)


しかし残念ながら防火栓は「痕」になっていました。残念すぎます。が、開閉弁やロゴの痕跡も往時の姿を彷彿とさせます。見える、見えます。

そういえば、この送水口の様に、配管あるいは飾り板はステンレスで接続口だけ銅鋳物、という物件にこれまで数々出会ってまいりました。
どうなっているのか、と思ってきましたが、送水口博物館館長様によれば「まだステンレスでの造形が高価過ぎたころのもの」とのことでした。(配管や板ならばOK)ですから、ステンレス部だけ改修して新しくしたのではなく、銅鋳物からステンレスへの過渡期に設置されたことを示す、レアものの一つだということなのです。

因みにここはアパ金沢ビル。先ほどのSIAMESEよりも古い1965年にできた建物です。

立て続けに二つも逸品に出会ったので、雨は強くなってきましたが気分は最高です。
しかし、この先にとんでもないできごとがあろうとは…!(続く

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