20180128

2017年末 瀬戸内小旅行その1 徳島編

2017年末。
瀬戸内ぐるっと旅行をしてまいりました。

到着!アクリルたちにご挨拶。徳島は二度目です。
おはようございます!また来たよ!

まずは恒例のアクリル祭り。
(普段見られないアクリルに喜び舞い上がること)
今回の旅行で気付いたのですが
そして今更ですが

わたしはこのタイプの立売堀様の送水口(特に接続口付近)がとてもとても好きみたいです。


地図をチェックして駅周辺を塗りつぶす計画をおさらい。

さっそく駅近くにアルファベットオールド。
オールドと言いつつ昭和30年代ではない…それ以降のもののようです。
言わずと知れた立売堀様製品。



アーケード。こっちとあっち。
単口二つとは思いにくいのですが、それにしては連結送水管と接続口が離れているような気も致します。と、同じことを7年前にも言った気がします。


郵便局の送水口。三色構成。

これの何がよいって、案内図です。連結送水管送水口の全体像がとてもよくわかります。
これ、今度から説明に使おうかな・・・。


さて、今回の目的はここ、徳島ホールです。
もう閉館して久しいのです。
私が初めて訪れたときは営業していたのですが…

その時には、仕事仲間と移動中だったので、数枚しか撮影できなかった、逸品送水口があるのです。それを再確認するのが今回の目的の一つでもありました。
さて。



ありましたありました!!!




お久しぶり!今日はゆっくりできるよ!

正面からもこんにちは。

菱形にK.S ピリオド入りです。 



ところでこの文字ですが、 

(しつこいようですが)何となく似ていませんか?
本体の形状こそ異なるものの、あの異形の鷹岡ビル送水口(神田須田町)の文字を思い出します。

鷹岡送水口と言えば、NECという麗しいロゴがついています。
送水口博物館のイベントでご一緒した西原衛生工業所の方にもいろいろと調べて頂いているところですが、おそらくこのロゴは西原様のもののようです。
ただ、送水口をつくったメーカー様とロゴの入れ主は違うことがあります。
こちらの送水口は、文字は岸本様のよう、そして本体は初期CECのよう。
それに加えてNECロゴと、なかなかに謎物件です。

途中すこしばかり切なく悲しい思いもしながら追究してきたわけですが、ちょっぴりずつ解明されつつある気がしています。うれしい♡

足もとの送水口の痕跡。これもなくなってしまうのかなあ。


今回、再訪して嬉しかったのは、同じものがもう一基あったことです。

それだけではありません。裏側にも。
こちらの散水用はオールドの後に、そして立売堀様青アクリルはさらに後の取り付けでしょう。少しずつ整備されながら、守られてきた徳島ホール。


さて、ここには送水口だけでなく、採水口もありました。

丁寧にハンドルまで付いています。





さて、実は送水口ですが…もう一基あるのです。それがこちら。
第一企業?機業?起業?

村上送水口館長もご存知ない様子でした。配管業者様かな?というお話。
ここでしか見たことがないのでその可能性が高いと思います。


さて、ずんずん歩いて、こちらも閉館している徳島市立文化センター。
裏側を歩いていたら…!!
視線を感じました。


こちらの連結散水設備用送水口は二つの区域へと選択的に送水するので弁も二つのようです。

こちらはスプリンクラー用。
ハンドルが大きい。

市内を区域ごとに歩き潰しつつ、いよいよ県庁舎へ。

どーん


玄関から伸びる屋根がかっこいい。
リーゼント的であります。 


タイルのアップ。 
さて、送水口は


ありましたっ

なかなかに壮観です。 

逆サイドからも。 


採水口以外はアクリル蓋です。
本体は鋳物、胴体はステンレスという「ステンレス移行期」の送水口たち。

もういちど反対側から。うろうろ。工事用の赤いチューブが彩りを添えています。
一番右のボックスが大きすぎるので送水口が小さく見えます。可愛い。


県庁を出て、駅近くへ戻ってきました。
おかえり!コーヒーあるよ! みたいな…

お供え系になるのでしょうが、この感じではお迎え系とでも呼びたくなります。

さて、味のある商店街ともそろそろお別れして…

宮崎の大通りを思い出した街並みともお別れして 

旧県庁のある地へと向かいます。



単線。
高架上の駅(写真左側が駅)。え?ここでいいの? 

とぼとぼ歩いて行きます。 

途中で廃家具屋さんを通り 

カバ対リスの戦いを横目で見つつ 

ええと、歩いてもう30分を過ぎたのですが
(寄り道なし)
(送水口ない) 

そろそろ死ぬかも、と思ったころようやく橋が…って
えっ、ここから山に入るのですか? 

お迎えありがとう、ありがとう。
図書館の送水口たち。 (近寄れませんでした…)


さらに奥へ奥へとのぼり、ついに到着です。






どーん
・・・・暗い









今は古文書館として使われているそうです。移築ということですが、さて。 

まわりをぐるぐる。捕まらないだろうか。 


ラスボス感ただよう美麗建築でしたが、送水口はありませんでした。
静岡県庁の呪い(年代的、建築物の構造的にもないだろうと思っていたら実は超絶貴重送水口が裏表2基もあった事件)から解き放たれない私です。


さきほどの長い長い道を再び小一時間かけて戻り、本日の宿泊地、高松へ。
うどんが無料で飛んでます。


ということで次回は高松!
香川県庁にはどんな送水口があるのか!!!

(この他の徳島市内の素敵送水口たちは後日まとめてアップします!)

20180108

蒼い衝撃の感動も冷めぬまま向かったのはかつての「赤アクリルの街」金沢  その5:大切なもの達が「集まってしまっている」素敵な喫茶店と東京タワーの話


雨の中、帰りの時間を気にしながらもタクシーで急いで向かった先はここ。
喫茶&軽食「さいふぉん」様です。


軍団ひとり様にご紹介頂き、「それはステキ」と
必ず行こうと決めていました。
何に惹かれたかというと、店内にはたくさんの「昭和」が残っていると聞いたから。



なかなか一人でいろいろなお店に入ることができない私ですが、ここはえいやっと入店。
すかさず素敵な店主さまが「寒かったでしょ」「奥はあたたかいわよ」と優しく声をかけてくださいます。嬉しい。

確かに店内にはたくさんの収集物がありました。
でもそれは、私が思い描いていたコレクションと少し違いました。


私は、送水口の写真ならばメーカーを「網羅」したり、
時代順に「並べ」たりしてしまいます。
そしてその欠損を補おうと収拾に出向きます。

そうではないのです。

そこには「集めたもの」ではなく「捨て得ないもの」が「集まって」いたのです。

店主様がなさったたくさんの旅行や関わったことがら、大切な方と一緒に行ったお食事。
思い出に関わるたくさんの物が「しかたなく」のこされていました。

それは、私のような他人から見れば昭和の遺産であり、歴史的に見ても貴重な逸品たちです。しかし、店主様にとっては「自分の思い出を呼び起こすもの」。

だから、一つひとつに物語があります。
それを、店主様は幸せそうに語ってくださいます。

貴重なアルバムも拝見しました。
そこは、昭和のものがある場所、ではなく店主様の昭和時代から今に至るまでの人生のたくさんの想いがつまっている場所でした。

けれど残念なことに、それをコレクションと見て「売ってくれますか」と頼まれたことがあるそうです。店主様にとっては価値があるから手元に置いているのではなく、捨てられないから置いてあるもの。だけども欲しいという思いがお客様にあるのなら、と売ってしまわれたそうです。
しかしその夜、そのことが気になって眠れなかったとか。
それは惜しいから、ではない。それにまつわる思い出が離れていってしまったからであり、そのもの(ポスターだったそうです)からの、店主様のもとを離れたくないという念のためだったのではないでしょうか。



この膨大なものたちは、此処で、店主様の言葉と一緒に鑑賞するのがいいのだなあと思うばかりです。


と考えながらも、欲にまみれている私は或る絵葉書セットに目が留まってしまいました。
東京タワーです。




完成したばかりの東京タワー。
周りには高い建物は一切ありません。
東京じゅうの人々がここを仰いでいたのです。


そして。
この東京タワーに設置された送水口こそ、
あの建設工業社様の製品なのです。





開発されつつある東京。それを見下ろすタワー。
それをまるごと守る連結送水管システムの一翼を担ったCEC…


そのメーカー様の商品を、私たちは今も目にすることができる。
なんという幸せなのでしょうか。



脱線してしまいました。戻りましょう。
東京タワーの絵葉書セットに描かれていた絵がありました。

たかい!
でもきっときっと本気でこんな気持ちだったのだろうなあと思います。作った方は。

そんなこんなでお店の逸品たちを拝見しているうちに、また一人お客様が。
なんと横浜からいらっしゃったという。その方も初めてここを訪問したとのことでした。
三人でいろいろとお話していましたが、そろそろタイムリミットです。


また来ます、と声をかけてドアを閉めました。お店のまわりをもう一度回ります。


そして、最後にもう一度都ホテルを振り返り。

次に来る時には金沢駅の正面の景色は違ってしまっていることでしょう。
でも未開拓の場所がたくさんあります。再訪します。必ず。