20140105

名古屋と神田、そして銀座を繋ぐ謎のロゴマーク

神田に鷹岡株式會社 東京支店 というビルがあります。


景観まちづくり重要物件にも指定される重厚な建築物です。


そこの送水口。


見事なオールドプレート。


SIAMESE CONNECTION。見慣れない書体の表示です。
それぞれの文字の間、扇形の両サイドにも隙間がない。
しかも一つ一つの文字が細い。
それなのにひとつひとつの文字の端はきっちり直角になっています。
非常に繊細なつくりと言えます。


しかし、問題はそこではありません。

もっと下の方です。


NEO。

ネオ?こんなお洒落なデザイン、ロゴマークでもあるまいし・・・特別に作らせたものでは。
現に、大丸、西武百貨店などには自社のマークを入れ込んでいる送水口もあるのです。

これを教えてくださったのは、「路上観察備忘録」の作者である傭兵鉄子さんという方です。


さて。
一方、名古屋で見た送水口。
名古屋編でも紹介致しますが、先ずはここで。


下部にはNEC、とあります。


因みにこれを教えてくれたのは新潟にお住まいで、私が旧ブログをつくっていたときからお世話になっているまこさんという方です。http://www.on.rim.or.jp/~makosan/

面白い!と思って行ったのですが、まさかこれがロゴマークとは思ってもいませんでした。
そうです。日本電気が何か関係しているのに違いない、と。






さて。

どちらのロゴマークもわからないまま2014年を迎えてしまいました。

そんな2014年お正月。
お茶をしようと銀座の教文館ビルに入りました。
この教文館ビル、異なるオーナー、同じ建築家によるデザインの「聖書館」というビルとぴったり隣り合っています。
玄関は共有、階段は二つ並んでいるという不可思議なビルです。

それはともかく、教文館ビルに行ったのですが目を惹かれたのは聖書館。一階と二階の間に或る屋内消火栓。

これです。

よく見れば、接続部に何か彫ってあります。


これは!!!
あの、鷹岡ビルと同じ!!

しかし、恐らく、おそらくはあのビルとこの教文館・聖書館とは何の関係もありません。
何よりこんな場所に特別な意匠を施すことはないでしょう。
ということはつまりこれはメーカーロゴである、と。

そして、これを横にしてみたことにより、あることに気付いたのです。

これ・・・NEOじゃなくて、NECでは???



さて。
現在もまだこれについては謎のままです。
皆様はどう思われますか?最後のくるんとした文字・・・CなのかOなのか。

いずれにせよ、英語も含めてどちらも検索をかけましたが、製造者様についてはわからないままです。



続報があれば、すぐにお知らせ致します。
また、何かご存知の方、何らかの仮説をお持ちの方はお知らせいただければ幸いです。



20140102

お正月特別記事その2 林丈二氏から頂いた送水口写真をご紹介いたします第二弾。

まだお正月です。


凧をあげても
独楽を回しても
庭を駆け回っても
こたつで丸まっても
お酒を飲み続けても


許されるお正月です。

そんな幸せなお正月を一層深く味わうために。
あの!林丈二氏から頂いた送水口の写真第二弾をお送りさせていただきます。

今回は国内編です。

送水口はもとより写真としての美しさに息がつまります。
では。


(※記事中、大きな写真が林さんから頂いたもの、小さい写真はわたくしが撮ったものです。)


【1992年3月20日撮影 墨田区墨田4丁目30】




これを見て誰もが先ず思うのは、「これは間違いなくビールに見立てて彩色した」ということではないでしょうか。誰もが。
しかし、非常時にビールを思い出しては仕事になりにくいような気が致しますが、如何でしょうか。
とは言え正面の泡のたれ具合も素晴らしい。

と、ビールの話題から入ってしまいましたが、採水口をセメントで固めてしまうというのは街の景観づくりの一環だったのかとは思いますが、配管などの点検が大変そうではあります。
せっかくのキャップの鎖も行き場がなくて途方にくれているようです。




実は私も墨田区で下のような採水口を撮ったことがあります。(墨田区京島3丁目15)
共通しているのはどこの建物の所属、というよりは公共的なにおいがすることです。





【1982年荒川区】



これもまたインパクトある物件です。
それにしてもこの色。
必要以上に使っているだろうコンクリ。
外れたままのキャップ。
これでは採水口だとわからない人が出てきても仕方ありません。

これらの「採水口が路上にあってコンクリで固めてしまう物件」は東京の中心付近ではあまり見ません。生まれ育った板橋区でも見た覚えがありません。

区、あるいは都の条例で定めたことがあったのか。
屋外消火栓的に使われているのか。
今年のテーマが一つできました。







【1985年12月 池袋 三和銀行】


もう息をのむしかありません。
写真の技術ひとつでこんなにも送水口が胸をうつ被写体になるとは。


それはそうと、この送水口、井桁の中にCECのマーク。
送水口ファンの間ではその名を聞くだけでひれ伏すという建設工業社さまのマークです。
私がオールドプレートと呼んでいるアルファベット表示の送水口についていることが多い老舗中の老舗。

その建設工業社さまの送水口ですが、接続口の下が舌状(うまい例えが思いつきません)に長く伸びているものは少ないです。

ぱっと思いつくのは、銀座線・新橋駅のこれです。上部の文字の字体と間隔や蓋の形状から、同じ鋳型を使っていると思われます。新橋駅のものは下部のロゴマークのさらに下の円形の部分が謎のままでした。水抜弁が付いているのでは、と想像していましたが林さんの写真からそれが明らかになりました。




因みに、建設工業社さまの他のオールドプレートはこんな感じです。

下の部分がないタイプ(日比谷ビルディング)、半円タイプ(リスト関内ビル:横浜市中区尾上町)。
※この後紹介する丸石ビルディング、女子医大、大手町のものも半円タイプです。




「三和銀行」はもうなくなってしまいました。送水口はどうでしょう。
そう思い、本日行ってまいりました。(2014年1月3日)
やはりわかる範囲では探すことはできませんでした。
ここかと思う支店と壁を一通り見ました。
しかし、唯一自転車置き場となっていて休日は囲ってある場所のみ見ることができませんでした。
そこにあれば最高なのですが、囲ってあるようなところに送水口は無いですよね。
とても残念です・・・。(でも念のためにいつか平日に行ってきます!)






【1992年12月 神田丸石ビル】

丸石ビルディングです。これも建設工業社さまの「下部半円タイプ」です。
いやはやこのキャップの美しさ!


アップも送ってくださいました。


この送水口、現役でいまでも見ることができます。私が行ったときには壁はとても美しくなっており(ケ○ヒャー?)ました。そしてその近くにはライオンさんがしっかり古き良き送水口を見守っていてくれていたのでした。
丸石ビルディングの送水口については、このビルのことも含めていつか記事にしたいと思っています。










【1993年2月 交詢社】




今からほぼ20年前の写真になるわけですね。
それにしても重厚な趣のある送水口です。
ロゴマークは「波にM」。
どこのメーカー様かはまだわかっていません。



この写真の翌年、交詢社ビルディングは建て替えられてしまいました。
ここについては、私も行くたびに写真を撮っています。しかしそれもビルが新しくなってからのこと。
ファザード保存がなされたとはいえ、以前の姿をじっくり見てみたかったです。















【1993年2月 東京女子医大】






ネットで調べたらこの建物は昭和五年竣工だそうです。
建設当初は送水口を付けるという法律もなかったころ。
法律が整備されるか消防という概念が広まってから必要性を感じ、後からこの食パン型の石部分を付けたということでしょう。


今はほとんど見かけませんが、このように送水口に沿って石を切り出しているものがあったようです。このような送水口を見るのは二つ目。


一つ目は、写真でした。

かの赤瀬川原平さんがかつてハイレッドセンターで行った「首都圏清掃整理促進運動」。
その写真にまさにこのタイプの送水口がうつっているのです。

説明書きによれば並木通りとのこと。
周囲の風景から北海道新聞社の建物だとわかりました。
そちらは今はもうありません。

麗しい二つの送水口が路上観察の大家お二人によって撮影され、或いは磨かれていた(!)ということは何とも素晴らしい事件ではないでしょうか。



さて、ではこの女子医大の送水口。今はどうなっているのでしょうか。
これも本日(1月4日)、見てまいりました!

結果は・・・・・


ありました!!!




といっても3枚目の写真のように、新しい(とは言えこちらも既にかなり年季が入っていますが)送水口ができていて、林さんが撮ったものは既に塞がれています。
一瞬単口かと思うかのように。
もちろん口径が異なるのでよく見ればわかるのですが、林さんの写真がなかったら「??」となっていたことは間違いありません。

因みにこの建物は女子医大病院の一号館。
スクラッチタイルを含め、建物自体がかなり老朽化していました。
ですから、こうやって遺っているだけでも感謝するべきかもしれません。



ところで、この送水口。
とんでもない一品、いや逸品でした。


なんと、ロゴマークが二つ。
菱形の建設工業社さまのマークの上にKマーク。
これは鎖留になっているのですが、まさかそれだけのために他社に発注・・・?
まさか建設工業社のもう一つのマーク・・・なわけないです。
Kはどこの会社さまかまだわかっていないので、もう本当に謎が謎をよぶ送水口だったわけです。








【1986年ごろ撮影 大手町?】


これはなんとも・・・もう今はどうなっているのでしょう。
この壁。
この輝き。
今度大手町に行ったときにはぜひ見つけてみたいと思います。




【1986年ごろ 港区昭和電工ビル】





武骨なデザインの真鍮の送水口。こんなデザインのものは見たことがありません。
しかも南京錠つき。
非常に外国的なデザインです。

しかし。
ちょうどこの3年後に昭和電工ビルは建て替えられています。
現在ではぴかぴかの壁埋設送水口が付けられています。

うああ・・・これの実物が見たかった。
見たかったです(T_T)



というわけでお正月特別編をお送りいたしました。
如何だったでしょうか。

林丈二氏には心から感謝し、お礼を申し上げたいと存じます。





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今年もまた送水口を探して街を歩きたいと思います。
因みに本日は新宿河田町から始まり、池袋、護国寺、渋谷とまわって何と31118歩!
送水口も大切ですが2014年はダイエットもこの調子で頑張ろうと思った私でした・・・・。





お正月特別記事その1 ジョージくんが見た2001年アメリカの送水口

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。


新春特別企画と致しまして、2本ほど記事をアップ致します。
何が特別かというとつまり、
いずれも「頂いた写真である」ということです。

一つ目はだんなさんであるジョージくんの写真です。
2001年6月。ニューヨーク。

なんと外国まで行って送水口を撮ってくれていたという・・・ありがたや。
(というわけではなく出張のついで)


今から13年も前。およそ1ダース(?)。


ではどうぞ。


ちゃんと周りの風景から撮っているところが素晴らしい・・・。



座れそうです。
スプリンクラー用のようです。



・・・龍。
どうしてここまで配管をぐねぐねすることになってしまったのか非常に謎です。
強いて想像するならば、はじめに間違えてお店側にパイプを出してしまい、
使いやすい向きにするためのパーツがなかったので組み合わせてみたと。




こちらは一見日本の壁埋設と似ているようですが、表示が面白い。

上部には「COMBINATION STANDPIPE AND」
AND 何??と突っ込んでしまいそうです。

因みに下部の表示は・・・


スプリンクラーシステムズ、でしょうか。




こちらはかなり壮観。
左の銀色送水口は
「NON AUTOMATIC SPRINKLER SYSTEM IN BASEMENT  ONLY」
「地下専用の開放型スプリンクラー」ということでしょうか。

これらは座ることを拒否しているようです。








ウルトラマンカラーの送水口。

後ろは DEAN & DELUCA。
今でこそこのお店も日本中にありますが、21世紀になったばかりのこの時はそんなお店知る由もありませんでした。(私は・・・)



そして次の送水口。
さて、これはどこの送水口かというと・・・

なんとあのエンパイアステートビルディングのものだそうです!

エンパイアステートビルは1931年竣工とのこと。実はかなり古いビルです。
昭和6年。うむむ・・・いろいろ考えさせられるものがあります。

ちなみにクライスラービルから当時の高さ世界一を奪ったのがここ。
クライスラービルと言えば私が何日もかけてクリーチャー相手に闘った場所です。
あ、パラサイトイヴの話です。


それはともかく。
この送水口、現在も活躍中(?)とのことです。


同じエンパイアステートビルの違う側面の送水口。






さて、最後はこれです。
うちで勝手に「ラケット型」と呼んでいる物件です。


実は「CEC」ロゴでお馴染みの建設工業社さまの製品に、このラケット型があるのです。
私は実物は見たことがないのですが、神戸にあるということです。

この写真を見る限り、やはり日本の送水口は原型は輸入していたと考えるのが妥当でしょう。



さて、「人の写真で送る特別記事」その1はこれでおしまいです。
その2は何と!
あの林丈二さんから頂いた送水口写真その2、日本編です!!
乞うご期待!なのです。


20131231

至宝のオールドプレートを求めて~三重県松阪駅~

2013年、年末の3連休。
名古屋へ行ってまいりました。

いきなりですがそれは置いといて。

二日目の夜、仕事があるという家族をホテルに置き去り、一人特急みえに乗り込みました。

何故というに、松阪駅に非常に美しいオールドプレートがあると教えて頂いたからです。
写真で見て、ストリートビューでも確認したのですが、せっかく近くまで来ているのだから本物を観ないわけには参りません。
いえ、近い・・とはあまり言えないとは現地で思いましたが、いざ列車に乗り込んだらどきどきしていろいろ考えて、あっと言う間に到着してしまいました。


前置きはともかく
これです。
駅前で窒息死しそうになりました。



何という年季の入ったプレート。
まるで火事を経験したかのような(火災がよいと言っているのではないので念のため)擦られ具合。
よくあるようであまりないこの縁の丸味と高さ。

この角度からだとよくわかります。


しかもそこに蛍光黄緑プレート。右側はそれが退色したのかもともとこの色だったのか。
恐らくは不透明赤アクリルがついた設置当初としてはかなり艶やかなプレートだったことが想像されます。



↑左側。


↑右側。

文字は別に鋳造して貼り付け、のようです。
かなり急ぎの仕事だったのでしょうか。


↓こちらは長いので作業が大変だったのでしょう・・・
よく見ると一つの文字に2~3か所ずつ溶接したであろう形跡が見られます。





本物も写真も見飽きません・・・・・・。




さて。

このような歴史が刻まれたオールドプレート、しかも現役・・・しかしこの規模の駅舎、そして VIE DE FRANCE の壁紙とは少々相性がよくないような気もいたします。

駅舎もそんなに大きくはないのに、何故このような送水口があるのでしょう。

ということで調べてみたら、かつて松阪駅に隣接して、大きな「三交百貨店」という百貨店があったそうなのです。あった、というのは即ち現在は既に閉鎖しているということです。
確かに建物も撤去され、跡地も駐車場になっていました。

この三交百貨店、Wikipediaによれば、昭和40年にできたとのこと。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%BA%A4%E7%99%BE%E8%B2%A8%E5%BA%9

百貨店はこの場所ではなく、上の写真でこちらから見て右手にあったようですが、このオールドプレートの存在はその設立と無関係ではないでしょう。
屋上遊園があったほどの立派な百貨店だったようですから、このようなプレートがあってもおかしくはありません。
百貨店本体にも送水口やスプリンクラー用でこれとお揃いのプレートがあったのではないかと想像致します。

しかし。
もしかしてこの路線の駅舎は建設時に消防設備についてはお洒落にするという暗黙の了解があったのでは???
・・・そう勘繰り、周辺の駅舎をストリートビューで見てみました。
が、どうもわかる限りではそのようなことはないようです。(そりゃそうですね)


さて、とりあえず撮影も鑑賞もしたので宿泊先の名古屋へとんぼ返りせねばなりません。
しかし、ちょうどいい電車がありません。「しょうがないなあ(*^_^*)」と、すこしばかり駅周辺を探索することに。(真っ暗ですが)

駅前の広場には巨大な鈴のオブジェ。
松阪出身の本居宣長さん由来だそうです。
Wikiによれば「鈴コレクター」で自宅の屋号も「鈴屋」!!
うむむ。急に親しみがわいてしまいました。


ということでマンホールの蓋ももちろん(?)鈴。


ちゃんと「鈴」って入っているところが憎いです。小さいタイプもありました。
カラーもあるのでしょうか。見てみたいです。

駅前のオブジェからすれば、おそらくは金色のものが緑青によって上のような色合いになったはず。
カラー蓋があるとすればどちらの色にしているのか。
また、「本居宣長記念館」のサイトには彼のコレクションが少しばかりのっています。

そちらの写真は既に黒くなっている・・のかもともと黒かったのか。
紐の色も「鈴屋集五」によれば「赤い緒」だそうですが、コレクションの写真は色あせたのか茶色か褐色になっています。

こういうことを知るとカラー蓋をこのときに観なくてよかったなあ、と。
想像する楽しみができたからです。
きっと調べればどなたかが写真を撮ってアップされているのでしょうが・・・。

因みに消火栓蓋はこちら。
周りの黄色い囲み線が丁寧です。




駅前から外れると・・・庇下式のアーケードがありました。
かなり長いので送水口もあるはずです。というかそちらが先に目に入りました。


で、近づいてみると・・・あれ?



あれれ?



下向き単口!です。


実は一部地域によっては防火対象物の規模が小さい場合は単口を推奨、とまではいかなくとも単口でOKとされています。
もちろんその単口は、本ブログで騒いでいるような昭和30年前後の古いタイプではありません。
たとえば姫路では「高層階以外に設ける連結送水管」として以下のように記載されています。

三重県あるいは松阪の資料は無いのですが、都市部以外ではそのような判断が妥当だと私も思います。点検も簡単でしょう。購入する際の値段も全く異なります。

姫路の条例をみて、早く姫路に行きたいなあと思っていたのですがその前にこちらで見てしまいました。眼福眼福。

放水口もわかりやすい。


放水口を観たいがためにアーケード周辺のビルをこそこそと登っていたりする私ですが、ここなら見放題です。
 この建物の二階にもお邪魔してみたいところです。


アーケード満喫。

ここでふと気付きます。
ここが「条件によって単口OKなまち」ならばアーケード以外にも単口があるのでは!?





というわけで電車を一本遅らせて街をもう一回り。
ありましたありました。



↑屋外エスカレータの足元(?)にあります。
「ベルタウン」というショッピングモール。
夜なのでよくわかりませんが、かなり昭和の香りがする場所です。ネットで後から調べたら「かつては人でにぎわっていた」とのことです。今は少々お客様が少なくなっているということでしょうか。お店もいろいろ入っていて裏通り側にも照明がついており、遅い帰宅の人にも優しいなあと思った場所でしたが・・・。


違う側面にもう一つ。


 お腹がすいた・・・と思ってふと時刻をチェック。
あらら、さすがにそろそろ駅に戻らねば。












駅近くの観光案内板。
きれいにしてるなあ・・って、ん?


手前にある高そうな石造りの・・・?空き缶入れではありません。


 なんと、れっきとした送水口でした。
夜だったのでよくわかりませんが、不透明白?のプラスチック蓋(割板でない)がついていた模様。
風景に溶け込むようにとの配慮かもしれませんが、表示もないし一体どうしたのか!因みにこれは奥にあるビルのための送水口のようでした。
・・・ということを確かめるためにビルの周りをまわってしまったのでもうすっかり電車の時間が迫ってきています。いそげー。


切符を買って、もう一回撮影。
ふう(*^。^*)

帰りは近鉄。
ものすごく快適な車両でびっくり。

ホテルでお仕事をしていた家族とはうらはらに幸せなひと時を過ごした私でした。