20140611

送水口ナイト実施のお知らせ

送水口ナイトの概要についてお知らせいたします。

日時   2014年8月30日(土曜日)

会場   ミューザ川崎

時間   開場18時15分 開演18時30分
     終了20時30分

目的   送水口ファンのための集い
     ・送水口話を愉しむ
     ・送水口の存在を広く知ってもらう
      など

内容   送水口についての各種発表
     (お気に入りの送水口、いろいろな地域の送水口など)
     ゲスト講演
     送水口およびパーツ等の展示(予定)
     写真掲示
      など

入場料  無料

参加方法 「参加希望」と明記の上、
     ●お名前 ●連絡先 をお知らせください。
     
     送付先は以下の二つです。
     1 FBページのDM
       https://www.facebook.com/standpipenight
     2 ツイッターアカウント @sousuiko  へのDM

多数の場合は、お断りする場合があります。
(現在のところは20名程度を予定しています)  


20140602

讀賣會舘の三世代同居送水口を巡る

讀賣會舘。
どこのことかと思うかもしれませんが、有楽町のビックカメラが入っているビルのことです。


ここはかつてそごうデパートが入っていたことで有名です。硝子窓だらけの外壁。よく見れば不思議な外観です。
家族いわく、横浜市庁舎や日生劇場など数々の素晴らしい作品を遺した建築家、村野藤吾氏によるものとか。うむー、なるほど・・。

この讀賣會舘、1957年のものです。昭和32年。
期待が持てます。
では行ってみましょう。


先ずは入口付近。
さっそく見えます。

サイアミーズコネクション表示の送水口。左奥には防火栓もあります。



先ずは送水口から。
しっかり磨かれています。
小さめの半球から接続口が出ています。
そして斜めに入った捻子取り付け口。
分厚い蓋は赤く塗装されています。琺瑯仕上げというのだそうです。
水流にMのロゴマークで知られる村上製作所の特徴がこれでもかこれでもか、と見られる逸品です。綺麗です。


当時の赤がここまでそのまま残っているものもあまりないのではないでしょうか。
鎖の末端部分のデザインもいいです。下半分が少し浮いているのは蓋を傷つけないようにという配慮かと思っていますがどうでしょうか。


そしてこの緩やかな美しい曲線を描く絶妙な長さの鎖。そし鎖留を兼ねるロゴマーク。溜息が出ます。

 耐圧試験に合格しているようです。よかった!!











 次は奥の防火栓です。

控えめな逆瓢箪飾り板から突き出る、開閉弁と接続口の縦列防火栓。
こちらも蓋の塗装がしっかり残っています。百貨店でなくなってもきちんと手入れが引き継がれているのでしょうか。さすがビックカメラ。先日私のカメラも修理して頂きました。本当にすごいです。


真横から見てみましょう。接続口が緩やかに上向きのカーブを描き、使いやすくなっています。この防火栓によく見られる角型の爪も本体を傷つけたり操作のときに邪魔になったりしません。


防火栓と送水口の中央下にあった水栓。送水口の水抜でしょうか?径が小さいようですが。単に散水栓なのか。だとしてもほとんど使われていないようです。








実はこれだけではないのです。

少し離れた側面にまた一組。 


防火栓は先ほどの物と同型のようです。

今度は上からの画像を。


送水口のものよりも一回り小さいようですが、ロゴマークもついています。



送水口のみ先ほどと異なります。


真鍮色で美しいですが、形は明らかに新しいものです。


上から見たところ。

恐らく下↓の送水口と同型でしょう。よく見る型(下の写真は東銀座)ですが、この色は珍しい気がします。


横から。




更に他の側面に移動しました。
この壁面を塞いでしまっていたトラック(普通に仕事していただけですが)がいなくなるのをじっと待ち、やっと撮影できた物件です。


真ん中の露出Y型送水口に寄ってみました。更に新しいものです。

鮮明で違う角度からも撮影したのですが、あまりにも磨きこまれてどうしても自分が無駄にはっきり写りこんでしまうので今回は遠慮させていただきました。
それはともかく、飾り板の後ろに更にプレート、と至れり尽くせりの送水口です。
防火栓はこちらも同じ。
とすると、こっちにも最初の麗しい送水口がついていたということでしょう。いえこちらも非常に美しいのですが。


ここにはさらにスプリンクラー設備のための送水口も付いていました。ステンレスプレートに真鍮接続口、蓋がまたステンレス、と複雑な一品。


一番初めに紹介した送水口は建設時のもので恐らく昭和32年。
真ん中のものは次に古く、最後のものは最新型かと。


三世代の露出Yが一度に楽しめる讀賣會舘。
ビルを一回りするだけで歴史の移り変わりが楽しめます。
ぜひぜひ。


追記:この写真を撮影したのは昨年でしたが、既に一番上の送水口は黒ずんでいるという情報を得ました。あっと言う間です・・・毎日磨かないとだめだということなのですね・・・・

20140526

送水口を遺すということについて ~5月25日(日)のtwitterより~

送水口を遺すということについて、
5月24日(土)に行った「送水口救出」の記事を書いた後に自分でtwitterに書き込んだものを転載しておきます。

覚書のつもりで書いておいたのですが、
とても大切なことだと自分で思ったので、


自分のためにも、ここに置いておきます。
(下線は今回ひきました。)


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Aya @sousuiko   

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【送水口を遺すことについて1】
 ふつう「送水口を外す」と言ったら、改修でその送水口を取り外す、或いは解体に伴い破壊する・・ということです。従ってその際送水口ヘッドを傷物にしても構わないわけです。特に後者は壁面ごと。送水口くらいの規模の設備は気にもされないようです。


【送水口を遺すことについて2】
 通常壁面の解体は上部から行っていくそうで、落下する壁面の残骸というか破片で送水口は傷つき、埋もれていくようです。ですから解体した後で送水口を取りに行くということは難しいのだと感じました。「取っておいて」というのも作業に支障を来すことだと。


【送水口を遺すことについて3】
 昨日実感・痛感したのは、傷めないように取り外すのはとんでもなく大変であること。現場の方々の理解と協力が不可欠であること。今回それができたのは、ひとえに村上社長の熱意と人徳、そして送水口愛ですが、ここに至る村上製作所様の歴史も関わっているはずです。


【送水口を遺すことについて4】
 時間も、お金も、何よりも工事することで得られるメリットについての見通し、そしてその後の利用計画が必要です。何よりもその送水口が本当に価値あるものであるのかという見極めがないといけない。


【送水口を遺すことについて】
 これまで私は軽々しく「この送水口だけでも残るといいなあ」などと発言してきましたが、非常に浅はかであったと振り返るばかりです。しかしそれでもなお、どうしても遺すべき、伝えるべき遺産としての価値がある送水口がある。あるのです。


【送水口を遺すことについて6】
 英語・片仮名表記のもの、単口など。それらは消防法が成立する前に消防設備の関係者が知恵を絞って技術を導入したり、独自に開発を進めたりした価値ある足跡です。そこには古から続く災害を克服する思いと高い技術へのあくなき挑戦、そして努力が秘められています。


【送水口を遺すことについて7】
 また、古いものにはメーカーロゴや企業ロゴもついています。玄関先に置く設備としてのプライドも、古い飾り板から感じることができます。そういったものの中から更に精選し、手間暇をかけてさえも残すべきものとその場所を考える。そういう時期にきていると思います。


【送水口を遺すことについて8】
 ですから、自分はそういうことにほんのわずかでも寄与できる情報を整理し、事象を集めることを続けていくとともに、自分ができることを形にしていこうと改めて思いました。送水口に秘められた災害への見方や考え方、今後への可能性を伝えていくためにも。


【送水口を遺すことについて9】
 以上連投失礼いたしました。 
 以下追記。いろいろ書きましたが、送水口それ自体を愛で、なんだこれ面白いとか綺麗!とか可愛い!とか言いながらほのぼのとお散歩することはやめたくないしその面白さもまたたくさんの方々と共有していきたいと思っています。おしまい。


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お読みくださった方がいらっしゃいましたら、心から感謝いたします。

今後、このことを前面に押し出し続けていくわけではありません。
しかし、私というものがこのブログを書いていく上でもっている、土台となる考えの一つであるということは知ってほしいと考えました。


拙い文章ですみません。
そしてこれからも宜しくお付き合いのほど、お願いいたします。
Aya

20140525

西新橋送水口救出記

現在、私のヒーローと言っても過言ではない村上社長。
今回は西新橋のとあるビルが解体される、という情報を聞き、そこの送水口を「救出」しようと計画してくださいました。
「その作業を見せてください!!」と懇願、日時を調整してくださり、現場へ行けることになりました。

当日は快晴。五月と思えぬ暑さです。
事務所の1階の倉庫(があったとは2週間前に行った時には気付きませんでした・・・)のシャッターをガラガラと開け、準備する社長。因みにツナギを着ていらっしゃいました。かっこいいです!



ところでこの台車・・・送水口を持ち運ぶためでしょうか。


土曜日なのにいらしてくださった社員のOさん(ありがとうございます!!!)とともにてきぱきと道具を詰め込んでいきます。
・・って角材?
鉄パイプ?
タオル?太い銅線??そして・・・レンチ。
な、なんだか大変なことになっています。


さらにトンカチ・・・??他にも初めて見る道具がたくさん入っています。思わずどきどきわくわくです。
・・・が、悲しい現場に行くのです。気を引き締める私。


私のも含めてヘルメットを3つ入れて準備完了!



台車をがらがらと押しながら現場へ。
ビルは既にすっかり解体作業に入っており、外からは見えません。
(と初めて見たように書いてみましたが、実は数日前、夜にここへ行ったのです(下見))



私のキライな掲示物・・・(T_T)


現場の方々に挨拶して入れてもらいます。
現場監督や工事している職人のみなさまにも、そして警備員さんにも笑顔で声をかける社長。既に顔馴染のようです。私のことも事前に紹介してくださっていて、あたたかく迎え入れて頂きました。本当にありがたいことです。というわけで私もヘルメット装着。



さて、これが今回救出される送水口。


片仮名表記の飾り板、下部には麗しき水流にMのメーカーロゴが入っています。
蓋は鉄製で琺瑯による着色(かつて赤かったようです)が施されている丁寧さ。
鎖は蓋にかかっている部分が「THE 村上」という感じ。
村上製作所産であることをはっきりと示すあの捻子部分(※後日記事に致します)も勿論あります。


↑興奮して思わずぶれてしまいましたが、こういう立地でした。


壁面と足場の境目での作業。私はとにかく迷惑にならないようにはじっこ待機です。

このときに落ちていた足場作成用金具。かっこいいと思ってこっそり撮影してしまいましたが、これが後で大活躍することになろうとは・・・。


さっそく用具を準備する社長。



先ずは蓋を確認。


ねじ式なのでくるくる回して外します。ものすごいスピードです。


あっと言う間に取れました。
この蓋、ときどきなくなっているのを見かけますが、それは「盗難」のためだったそうです。
質の良い銅製品。高く売れたのでしょう。新聞にも載っていたとのこと。
なんという酷い犯罪。非人間的ですらあります。市中引き回しの上打ち首です。(本気)




前回触りましたが送水口の部品はどれも重いのです。
そしてとてつもなく精巧です。


二つとも外された蓋。こうしてみると鎖は長いなあと思います。
いつも絶妙な長さでその美しさを際立たせている鎖。設置場所によってその長さも変えるそうです。ものすごいこだわりがあります。


そんなこだわりをもって造られ、設置され、常に点検されてその性能を保ち続けてきた送水口。
一度もその力を発揮することがなく、今取り外されようとしています。
火災という被害を受けなかったわけですから、
それはとてもとても幸せなことです。
わかってはいますが胸が締め付けられます。


外されて揺れる蓋。
その時がとうとうやってきた、と送水口にこころがあったならば覚悟を決めるべき瞬間だったのかもしれません。


弁を押してみます。水は出てきません。OKです。


村上社長は「40分くらいで終了するから」と現場監督に伝えていたそうです。


さて、作業開始です。
・・・が一体どのように行うというのでしょうか。



まずはおもむろに接続口を二本の角材で挟みます。(写真がぶれました・・)
これを使って回転させて外すと!!!!
露出Y型だからできることですね。


さささ、と角材をタオルでくるみ、もう一度あてがいます。
傷をつけないためです。なんて優しい・・・(T_T)


下にも角材。



手際よく銅線を結んでいく社長。Oさんとの連携も抜群です。さすが!
「小学校では紐を結べるように指導するべきですね」とのこと。同感です。
いつ送水口撤去作業をすることになるかわかりませんし!(違)


どんどん固定される送水口。ここで今一度蓋を被せます。



しかし、なかなかうまく回りません。というよりもびくともしません。
社長とOさんの間で「トルクが・・」という言葉が飛び交います。
物理で勉強しましたが、日常生活で初めて聞きました。かっこいい・・・・



もってきた鉄パイプを角材に追加。

もう一度回します。・・・がまだだめなようです。
私は手に汗を握るばかり。何にもしていないのに緊張で咽喉がからからです。



鉄パイプの位置を変えて固定し直します。
「送水口、可哀想だ」と社長の独り言。送水口愛を感じます。一人うるうるする私。


さらに固定。
因みに初めの方に出てきた細い鉤状の道具はこれを占めるときに使われていました。



と、ここで現場監督のHさんが登場。
「これはそんなに貴重なのですか」と気になる様子。
「貴重です!素晴らしい製品です」と答える私。

通常は「このくらいの規模の設備ならば」ビル壁面の解体と一緒に潰すようです。
こんなふうに保存のために、傷つかないように撤去することはあり得ない。
この作業は、というか既に工事ですが、日本初でしょう。

丁寧に、丁寧に。

これまで見てきた膨大な「閉鎖系」。
それらも送水口を撤去、あるいは塞いでいる訳ですが、その場合はもう廃棄するわけですから、撤去の際に送水口自体が傷ついてもよいわけで・・・うう、あまり想像したくはないですが。

ともかく、傷つけずに取り出すための格闘が続きます。



なんと、監督さんもついに撤去作業に参加。
ワイヤーを貸してくださいました。ぎゅう、と一層強く挟まれます。
しかしこれでもまだ回りません。

更にワイヤー追加。
パイプの位置を変えてみたり。けれど角材がみしみし言って、寧ろそちらが折れそうです。
大変なことになってしまい、すみませんすみません・・・と思いますが、
「絶対美しいままで外すのだ!」というオーラが社長やOさん、監督さんからも溢れ出しています。
かっこいいです。ただただ見守るのみです。


ちょっと攻め方を変えよう、と一旦すべてを取り去ります。
そしてもう一度蓋をあけ、そこにぴったりはまる太めの鉄パイプを差込み、レンチで回す作戦へと移行。

いろいろな技や道具がこれでもか、これでもかと出てきます。

ぎゅー・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・手ごわいです。本当に。
すでに2時間近く経過。

社長、Oさん、そして監督の3人で真剣に話し合い。
「仕切り直すか」
「ビル壁面を撤去してから」
「上から壊すから送水口が無傷でいられない」
「裏からいくか」
「ちょうど裏に消火栓がある」
「送水口の裏まですぐにたどり着けない」
「時間の無駄になる。やめたほうがいい」
「いっそ継ぎ目をバーナーで」
「それは送水口が傷むからまずい」

そして、工事現場の若い職人さんも参加してくださって、もう一度初めの方法に戻ることに。
けれど今度は足場用のパイプとあの連結金具を使っての作業になりました。

捻子を固く固く締めるための電動ドライバも登場。
ぎゅいーん、と泣く子も黙るかっこよさ。

なんと、コンパクトな工事現場に早変わり!!!!!!






さらに固定するために角材を挟んで・・・・ぎゅー!!




あっ!!!!!









う           ご           い          た    !!!!!!!


ついに動きました!!!!!





少し動きましたが、プチ足場が緩みます。さらに固定。




角度を変えながら更に回します。
手伝ってくださった若い職人さんがアクロバティックな動きで力をかけます。
「動きだしたらグルっといくから気を付けて」と的確で優しい現場監督。
そして・・・


外れました~~~~~~~~~~
(あまりに感激してプチ足場を外すところは撮影記録無し)





最後は手で回します。
丁寧に、丁寧に・・・


喜び合うみなさん。
「重い」と言いつつ「ここで落としたら苦労が無駄に」と慎重な手つきで拾い上げます。
私は何にもしていないのに泣きそうでした。



廃棄されずに残った「サイヤミーズ」


作業のあとにぽっかりと残った空隙。

50年の時を経て触れた空気はどんなにおいなのでしょうか。

飾り板の跡がくっきり残る壁面。
しかしそれもひと月後にはこの世から消え去っていることでしょう。


現場の方々にお礼を言って事務所へと戻ります。
プラスチックの箱に入っていると海産物のようです。






お疲れ様でした!!!よかった!
3時間近くに及ぶ激戦でした。


送水口を保存したい、とっておきたい、とこれまで軽々しく言ってきましたが、こんなに大変な作業になるとは想像をはるかに超えていました。
文化を残し、歴史を繋ぐということは、物理的な面では机上では想像しえない大変さがあるということを改めて実感いたしました。

先ず素人には無理です。絶対に。
このように理解してくださる方々がいて初めてできることです。手あたり次第など無理で無謀です。
続けるのならば、時間とお金と、そして何よりも価値付けが必要です。




因みに救出した送水口は事務所に安置。
「送水口ナイト」をやるときにお披露目しましょう(!!!!)と社長が仰っていました。

いつの日か、文化財としてたくさんの人々の目に触れることがありますように。
行動する村上社長の姿を見て、私もちゃんと形にして活動しようと心に決めました。





今日もまた人生の思い出として残る素晴らしい一日になりました。
村上社長、Oさん、現場の皆様。
本当にありがとうございました。




そして




お疲れ様、サイヤミーズ。