20170722

新橋の歴史的遺産がまた一つ・・・・ 「インベーダー送水口」の行く末はいかに

「インベーダー送水口」とは、たしか送水口博物館館長が付けた愛称だったかと思います。
インベーダーゲームというものが昔ありまして・・・と説明するのも無粋なのですが、まあそんなふうな「陣形を組んで」いる送水口があります。



いえ、あったのです。新橋の物産ビル別館に。

このビルの壁面に、その送水口達は物凄い存在感をもって君臨していました。

五基全て金色の村上製露出Y送水口でした。
なんという神々しさ、なんという贅沢。 

真鍮のように見えますが、そして私も村上送水口博物館館長様に教えて頂くまではそう信じておりましたが、青銅製だそうです。時を積み、磨かれ続けてほんのり赤く、深く輝き、そして柔らかな光を放つ名品中の名品といえましょう。





村上製漢字表記露出Y送水口に純正金属蓋があるものはどちらかと言えば少ないのです。こちらもその例でしょう。純正品と比べるとツマミが角ばっていて、少々薄く、中央の突起も別パーツ・・・??のようです。 そして、鎖も細く華奢なステンレスのものをどこかから調達したようです。

因みに純正品はコレとか

コレとか

コレとかです。 







そして、実は館長に見せたくなかったのですが、その理由がこちらです。 
多くは語りませんが、現場の判断でこうなったのでしょう。切ない。








ところでこちらの送水口達。
「送水口」とは書いてありますが、



地下階用の「連結散水設備用送水口」です。
連結散水設備は地下階や地下街の火災に対応するために設置され、スプリンクラー設備のように天井の消火ヘッドから散水します。散水が滞らないよう外部から注水を続けるための水の供給口がこれらの送水口です。

地下階や地下街は広く、倉庫などに使われている場合も多い為、全ての区画に水損が及ばぬよう区画ごとに散水できるようにしています。選択弁がついていて一つの送水口で事足りるようにしているものもありますが、ここでは区域ごとに担当する送水口が存在しています。

消火すべき場所へ確実に送水するため、識別のために送水口の蓋に色を塗ったり、番号シールを貼ったりするのですが、ここでは飾り板に彫り込まれています。(表示板は後から付けられたもののようです。)






複数の送水口で対応する場合は大きなプレートに壁埋設送水口を集合させたり、自立型送水口を並べたりということが多いのです。露出Y型送水口を選択するということは、唯一の事例ではありませんが、非常......!!!!に稀であります。消防設備(正確には『消火活動上必要な施設』)にここまでお金と壁の面積(露出しているのですから空間も!!)を使っている。感激するばかりです。今から造るとなったら決して在りえない選択肢でしょう。



そんな


そんな物産ビル別館が、解体されます。











ちなみに物産ビル別館の竣工は1968年(昭和43年)。あと一年で半世紀・・・というところでした。


ではこの送水口たちはどうなったか。







送水口の神様は、彼らを、見捨てなかった。













今現在、四基の送水口が送水口館長の村上さんによって救出され、送水口博物館へと運ばれています。(この二枚の写真は村上さんからお借りしました。)




建物がなくなってしまうのはとても悲しいのですが、その思い出を残す送水口たちだけはこの世に、在りし日の姿のまま残ります。



インベーダーたちはもう、陣形を組んで建物を守ることはありませんが、古き良き時代の新橋を思い起こすことのできる象徴として、これからも後世の人たちに見てもらえることになったのです。



7月22日現在、救出はまだ終わっていません。

NO.4の一基がまだ、頑なにその場所を離れないそうです。
「何をするんだ、まだ頑張れるよ」
「仕事をとりあげないで」
と叫んでいるのか。

「どうしてもというのなら建物と一緒に朽ち果てるよ」
そうこころに決めたのか。


「もう少しだけここにいさせて」
と惜しんでいるのか。

後日ふたたび撤去作業が行われるそうです。
どうか、NO.4が「歴史を伝える」という新たな役目へと静かに、やすらかに移ることができますように。


20170720

赤羽を見つめる麦わら帽子

赤羽には、こんな送水口があります。

まるで麦わら帽子のような大きなつば・・ではなく飾り板。

正面から見るとこの迫力です。
本体に比して非常に巨大です。 

ところでこの送水口を上から見てみましょう。

あれ、この角度はもしや・・・
露出Y送水口の接続口間が75度というのは


村上製作所様しかありえません!

ということで他の角度からもじろじろ。 

おおお、やはり 


やはり村上製作所様のものですが、この飾り板はいったいどうしたことでしょう。
村上製作所様の露出Yの飾り板と言えば、もちろんこんな感じなのですが・・・

まるで、南北製作所様のようです。


不思議です。
ということで(?)夜の写真もどうぞ。




見れば見るほど不思議です。

あまりに不思議だったので送水口博物館館長様におたずねしたところ、
「あの頃(この送水口がある赤羽第一葉山ビルができたのは昭和41年)は、送水口が売れて忙しかった。部品の製造・調達も大変だった。ビルの建設の進行を妨げないために、あえてこういう部品を使ったのかもしれない。」とのことでした。
なるほど、建設主様からの要望という可能性は低いのですね。それどころではなかったということなのかな。

日本各地に高い建物がどんどん増えていった時代。
送水口がどんどん増えていった時代。

それをかたっぱしから撮影していた方がいらっしゃらないかしら、と
今でも妄想してしまいます・・・・。

20170719

自立させられていない自立型たち

壁埋設型送水口に対し、このように地面から管が立ち上がっているタイプの送水口を自立型、ときにはスタンド型と呼んだりします。







自立型送水口はその名の通り「自立」している訳ですが、時折そう見えない事例に出会ったり致します。


こんな感じ。蒲田にて。





蓋を盗まれないようにするための鎖、基本的には本体(接続口のあるパーツ)下部などに鎖留が付いており、そこに繋がっているのですが・・・・



まるで吊られているようです。しかもちょっと傾いている。


共成産業様の子ですが
おおお、台座にまでロゴが!珍しい!


などと言っている場合ではなく



何というかもう自立せずに後ろの壁に身を任せているというような・・・


お店の前に繋がれて、飼い主を待っているわんちゃんのような健気な風情もあったりします。 




鎖が壁に、という点で思い出すのはこちら。銀座編。 
こちらは逆に堂々としていて、ホースを従え、パイロンに訓示を垂れている妄想をしてしまいます。
足元からドレンが見えているのも素晴らしい。(自立型のドレンはほぼ見えないので)


このアングルから見ると神々しささえも感じられます。尊い。 

それにしても壁に繋がれている送水口には
「蓋盗るならビルごと動かしてみなさい」という挑戦が感じられ・・・
ないでしょうか。
いずれにせよ、自立型に表情というか人格を感じさせてしまうこの施工。
他で見つけたらどうか教えてください。


20170718

見えにくくなっていく壁埋設送水口。いつかは路上観察できなくなる日も来るのでは・・・

平成27年4月。
東京都でも、新たに設置する送水口は差込式にしていく旨、運用基準が変更されました。


消防設備は「分かりやすくも目立たぬよう」、
「確実に働いてもらうけれどもできるだけ安価に済むよう」
非常に難しい要求のもと、工夫されてきたような気がします。


さて、差込式ということはつまり、ねじ部分が要らないということ。
金属部分が少なければ安くなります。
表示で分かりやすくしつつ、派手な要素は少なくなります。


ということで、壁埋設送水口などはどんどん薄くなってきました。
こちらは前回の弘明寺そば(横浜市)にあった送水口です。
これは平成26年に撮影したもの。すでにかなりぺったんこです。
この時「おお」と思って撮影した記憶があります。
ということは、大体この時期辺りから急激に平面化が進んできたのではないでしょうか。

斜めから見ると薄さが際立ちます。 

ところで差込式といえば、「アクリル蓋」のもあるよ!と
言いたくなるわけですが、近年はどんどん金属蓋になっている
というか
戻っているようです。取り扱いが楽なのと、どんどん平面に近くできるからかと想像します。

ちなみにアクリル蓋の送水口の場合、やはり枠が立体感を出しています。



こちらは、関内の教育文化センターの送水口ですが、枠がかなり厚みをもってつくられています。

これは村上製作所の特徴ですが、こちらも新しいものは金属蓋に取り替えられました。
(教育文化センターは既に閉鎖されていますが、2017年7月現在、まだこの送水口を見ることはできます)




話が逸れましたが、新しいものはどんどん薄くなり、そして目につきにくくなっているようです。
先に「分かりやすく」とは書きましたが、消防隊の皆様は、建物のどこに送水口があるのか事前に情報として把握しています。ですから、実際の処はものすごく主張せずとも大丈夫であるようです。
そして、ビルや街の景観という観点からも消防設備はそんなに目立たせたくないということもあるようです。これには異論もありますが、仕方ないことでしょう。


というわけで、壁埋設送水口はだんだんと見えにくくなっているという傾向にあるようです。

薄くなるだけではありません。
飾り板をなくしてしまうという方法もあります。

こちらは横浜。

銀座。 


そして、こちらはなんと収納されてしまっている例です。(銀座)


ヨーロッパではこのように箱入りにされてしまうことが多いようです。
日本もいつかこんなふうになってしまうかもしれません。
そんな未来は切ないなあ。

20170717

アーケード商店街で送水口を見る

横浜地下鉄・弘明寺(ぐみょうじ)かんのん通り、京急・蒲田のあすと。
共通点は、アーケード商店街であるということです。


アーケード商店街では、雨にぬれずにお買い物ができますが、
その屋根のため、商店街に接する建物の二階以上が火災に遭った場合は消火しにくくなるという欠点があります。
それを補うため、一定の長さを超えるアーケード商店街では放水口を屋根の上に設置しています。そこに水を送るため、私たちの目に触れる高さのところに送水口があります。
一般的な送水口とは異なり、建物に付随するものではありません。
アーケード商店街天井という「線」をカバーするためのものです。
従って、その線に消防車が接近できる場所、つまりアーケードの「入口(出口)」、および「他の道路と交差する場所」に送水口が設置されます。

条令ごとに差異はあるものの、おおよそ50m以下ごとに放水口(消火栓)(屋根の上)とそこに接続するための送水口(屋根の下)、そして放水口へと消防隊員が登るための梯子などを設置するよう定められています。


この看板を出しているところはあまり見ませんが、弘明寺かんのん通りではこのように系統図が掲げられています。素晴らしい~


というわけで、まずは弘明寺。


アーケードは、その基礎を建物に支えさせてはならないと決まっているようです。従って、その柱に送水管を添える、あるいは一体化させている例が多く見られます。
形状としては、カバー付きの配管に穴を開けるというシンプルなものから、柱と一体化したものでは非常に華美なものまで様々です。かんのん通りのこちらはシンプルな例ですね。



美しい青アクリル蓋の自立型転用送水口。
管の先にぴよっと出ているものは排水弁(ドレン)です。
蓋については、ほとんどのものが割れていて可哀想でしたが、


覗いてみたら、立売堀製作所様の製品ということがわかりました。

そしてこちらが放水口に登るための梯子です。通常はいたずらされないように、一般の人々は登れないような高さになっています。


次は京急蒲田「あすと」。










弘明寺の例とは異なり、こちらは柱と一体型でした。

この中には、弘明寺のものと同じような構造の送水口が入っているわけです。
見たいですね。




こんなふうに、周りにいろいろなものが置かれたり、巻きつけられたりしてしまうことが多いのはアーケード送水口の宿命なのかも・・・。





ここの梯子がこちら。
場所によって、送水口の形状が異なっていました。が、柱内部に埋め込んでしまうというスタイルは一緒のようです。黄色い。





こちらは困っている感じの子です。ばってん。


と、こんなふうにお買い物以外に送水口も楽しめるアーケード商店街ですが、だんだんと劣化したり、日中暗くなってしまう、天井の掃除が大変・・・などの理由で、特に「全蓋式」とよばれる道全体を覆うタイプのものは、撤去してしまう計画がある地域も増えているようです。かなしい。
ということで、みなさまも是非はやめにアーケード探索を!そして、送水口を探してみてください。