20140804

放水口を探せ! その2

放水口倶楽部でございます。

違います。
でも今回も放水口です。

前回はアーケード上で露出している放水口をご紹介いたしましたが、今回は

「展示してます」

というくらいに堂々と、立派な放水口をご覧いただきます。(写真は2013年のものです)

場所はこちらです。日本橋三越さま。なんと重厚な入口。
  



美しく時代を重ねている玄関。

送水口は成程のCECさま。






一見「いつものように素晴らしい建設工業社さま製品」に見えますが・・・


なんと、蓋に「MITSUKOSHI」の刻印!!!しかも摘みの部分。オーダーメイド品を見つけると心が震えます。
ただ、蓋だけ他と素材が違うかもしれないこと、蓋に爪がないこと、やけに蓋が薄いことを考えると、もしかしたら取り付け後、蓋だけ三越さんが独自にこれを付け替えた可能性が・・・あるのかないのか。





とはいえやっぱり百貨店はすばらしい!と納得しつつ店内へ。


いえ、実は正直何も期待していなかったのです。
送水口も見られたし、内装を見たかったのは家族だし。
まあ消火栓を見ておこうかな、くらいだったのが正直なところです。
あ、あと屋上。




すると・・・!!


ほ、放水口が箱に入ってない!!!!!!!!!!!


この階でも!


この階でも!!!!!!!!




しかも、外の送水口が日本語表記のものであったのに、こちらはオールドプレートです。

このあたりは法令が関係してくるので、今わかっていること、調べていることを今度まとめて書いておこうと思っています。

いずれにしろ、こんなにも美しい、しかも真鍮の放水口を見たのはこのときが初めてでした。
格納されている放水口がこんなふうに豪華であるとは想像しにくいのできわめて稀な例であるような気がするのですがいかがでしょうか。




おまけ:外壁に遺っていた送水痕(命名BYキムチさん http://d.hatena.ne.jp/ki_mu_chi/ )





表示灯・・・だったのでしょうか。
文字表記のプレートが送水痕と同じように潰されているところが切ないです・・・。

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追記(2014年8月7日)
 この記事を書いたあと、この送水痕ができた経緯を教えていただきました。
 この送水痕は、コメントにもありますように、村上製作所さまが「御影石をデジタルプリントした薄アルミ化粧板」を貼ってできたものだということです。
 そして、上記の送水痕になる前の、在りし日の送水口と防火栓の写真を頂きました。
 謹んでここにご紹介させて頂きます。村上様、ありがとうございました。

 羽田整備場の記事でも書きましたが、送水痕であっても、このように壁面との調和を考え、丁寧に塞がれているものは救われる感じが致します。
 感傷かもしれません。
 そういうオーダーに過ぎないのかもしれません。
 しかし、一度どなたかが心を尽くして製造したものを取り替える、或いは廃棄するという際に傷みを伴いながら作業なさったと伝わってくるものは、その建物を使う方々に対してその場所への好ましさを高めていると信じます。長く働いたものへの愛情や感謝の念が、こういう場所にも積み重なり、例えば百貨店の重厚さを高めているのではないでしょうか。
 
 うまく表現できずに申し訳ありません。
 とにかく、ここに以前の写真があり、そしてこの記事とともに掲載させていただくことができたこと、それをとてもありがたいと思います。

 最後になりますが、このことを教えてくださった村上様、ありがとうございます。私のような全くの素人が見てさえもあまりにも精巧と思うそのお仕事と製品へのこだわりと愛情への尊敬と感謝の念は深まるばかりです。

 そしてここをご覧になってくださったみなさま。ぜひ最後の写真をよーーーくご覧ください。
 村上製作所さまのお仕事の精密さが伝わってきます。そして、これを見た時の三越の皆様もきっと感激したことと思いました。CECさまの送水口もこれならばあきらめもついたことでしょう。

では。




















20140802

放水口を探せ! その1

はい、間違いありません。ここは送水口倶楽部です。
放水口倶楽部ではありません。

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場所は水戸市。
何とも不思議なこの地形。


東照宮へと登る坂・・を行かずに左のアーケードに入っていきます。
このアーケード、何とここから下っていくのです。
ただでさえ地面の高低差に敏感な家族は何だか隣で静かに興奮していますが私は違うことでどきどきしておりました。


アーケードと言えば自立型吊り下げ送水口。
さてさて、どんな送水口があるでしょうか。

そしてまたアーケードと言えば放水口を見たくなります。
というか、アーケードは放水口が見やすいのです。
見やすければ見たくなるのが人情というものではないでしょうか。
ところでアーケードの放水口はどこにあるのでしょうか。


店内?
それとも建物の上層階?

・・・・答えは、
「『アーケードが設置されたことによって消火活動が困難になる場所』への放水ができる場所」
です。





つまり、屋根の上。

アーケードが無ければ現アーケード商店街の建物の壁面には放水ができます。しかし、屋根を設置することによってそれは不可能になります。

従って、アーケードの屋根の上には縦横にキャットウォークが設置され、そこに放水口が取り付けられるのです。
以前行った広島駅そばのアーケードでは少し屋根が壊れていて、その隙間から放水口が見えました。



よく行く川崎駅そばのアーケードでは全く見えなかったので、近くのビルの上層階から確認しました。



なぜ放水口が見えると嬉しいのか。
それは、いつも「隠されているから」です。
通常は小さな箱に入れられています。放水口という表記もほとんどの場合無く、消防章がついているだけのものが多いです。



というわけで送水口+放水口を探しに行きましょう~♪


さきほどの入口から入り、アーケードのもう片方の出口。
送水口がありました。


街路にあるといろいろな物を「お供え」されてしまう頭部扁平自立型、のヘッドを吊り下げた送水口でした。



それにしてもこの囲まれっぷり。
とても大切にされているのでしょう。


というのか、車への信頼が薄く、ぶつかったら大変だから、という気持ちの表れなのか。
多分後者と思いますがそれは今はよいのです。
今は放水口を見たいのです。

それが・・・・

こんなにも屋根がすかすかなのに全然見えません。
どういうことなのか!!??

梯子は見えるのに・・・
そういえばあまりにも屋根が高いです。
これは立地のせいだとも思いますが、梯子の長さも尋常ではありません。
長い!!!!!梯子長すぎます!!


かくなる上は、上から確認するしかありません。
そうです。東照宮。
アーケードのこちら側にも東照宮の入口が。
この階段を登れば、もしかしたら・・・!


はい、階段を全部のぼりました。
反対側を見てみましょう。




おお、見えそうです。というか一つ目がすぐに見えました!








ここです!↓




キャットウォークにたどり着いたあと直角に曲がった配管。
そこに垂直に立ち上がる放水口。
開閉弁が可愛いです。支える天井のトラス部分もかっこいい。

望遠がきくカメラを持って行った甲斐があったというものです。


しかし。まだ左側に配管は伸びています。もう1つくらい見えないかな?

・・・と思いましたがさすがに無理なようです。
しかし、帰宅後写真をチェックしたら、半ば諦めつつ撮った写真の中にかろうじてもう一つ映っていました。



はい。
というわけで満足して帰宅しました。

もちろん送水口も堪能してきましたが、やはり「連結送水管」好きとしては反対側も確かめたくなるものだ、という今回でした。

20140708

伝説のキャップ・・・ギザ蓋を巡る

ギザ蓋。

正式名称はわかりませんが、送水口倶楽部では勝手にそう呼んでおります。

ねじ式のみ。
差込式の蓋では見られない、つまり恐らくは東京でしか見られないレアものの一つです。
ある意味首都の首都たる証かと(言い過ぎ)。




どんなものかというと、こちらです。

この送水口は巣鴨駅周辺のものですが、撮影がちょうど2000年。
今から14年前のものです。今もあるかどうかは定かではありません。

私が所謂ギザ蓋と出会った、というかそう意識した初めての物件です。
当時の私はこれを非常に気に入りまして、その後も幾つか撮影したのですが、残念ながらそれらのデータは保存されていません。かろうじて最初の物件が残っていたことが奇跡のようです。

それはともかく、ギザ蓋です。

手持ちの物件を幾つかご紹介いたします。
先ずは赤坂。
水流・・・ではなく「ポンプにM」のメーカーロゴで有名な村上製作所さま製。
この赤は先日讀賣會舘の記事で書いたように琺瑯でしょうか。


鎖がついていないのが残念です。




近くにもう一つ。
こちらは南北製作所さま製でした。



ロゴもプレートも接続口周りも全く異なる二つの送水口ですが、ギザ蓋があるだけでとても似てしまうのが不思議です。
それにしてもこのギザ蓋、本当にそれぞれの製作所様でつくったのでしょうか。
ギザ蓋メーカーさまがいたのではないかと思わせるほど似ています。


続いてこちら。

こんどは蓋に彩色なしです。こちらも南北さま製。全てにおいてまあるい露出Y型の送水口です。


見上げてもよし。


見下ろしてもよし。


左が少し浮いているのは、誰かが回してみたのでしょうか。確かに回したくなる風合いです。
(私ではないです)



霞ヶ関に場所を移してみましょう。
以前も紹介しました(http://sousuiko.blogspot.jp/2013/09/blog-post_30.html)が、先ずはこれです。


さて、こちらは村上さまか南北さまか・・・
この美しい文字、・・・・ということは!

やはり。村上製作所さまのものでした。
ロゴマークは無いものの、接続口にある捻子用の膨らみが目印です。


このデザインは、とにかく「開閉が楽なもの」として開発されたのに違いありませんが、実数が少ないところを見ると、個性が強すぎたのか、メンテナンスが大変だったのか。あるいはいたずらされやすく、持っていかれてしまったのか・・・・・。
実は最後の可能性が高いのではないかと思っています。この蓋だけを見て送水口の蓋だ、とわかる人はそんなに多くはないと想像します。ですから所謂「不法金属売り」の方々にとって扱いやすかったのかも。


この型で新品のものはおそらくないのではないかと思います。
このような薄い「花弁キャップ」はありますが・・・

少しばかり武骨なギザ蓋。その出来立ての頃を見てみたかったです。


追記(平成26年7月12日)
ギザ蓋の詳細について、コメントにて教えて頂きました。
ここまで読んでくださった方、ぜひコメント欄にもお目を通して頂ければ幸いです。
宜しくお願い致します。






20140611

送水口ナイト実施のお知らせ

送水口ナイトの概要についてお知らせいたします。

日時   2014年8月30日(土曜日)

会場   ミューザ川崎

時間   開場18時15分 開演18時30分
     終了20時30分

目的   送水口ファンのための集い
     ・送水口話を愉しむ
     ・送水口の存在を広く知ってもらう
      など

内容   送水口についての各種発表
     (お気に入りの送水口、いろいろな地域の送水口など)
     ゲスト講演
     送水口およびパーツ等の展示(予定)
     写真掲示
      など

入場料  無料

参加方法 「参加希望」と明記の上、
     ●お名前 ●連絡先 をお知らせください。
     
     送付先は以下の二つです。
     1 FBページのDM
       https://www.facebook.com/standpipenight
     2 ツイッターアカウント @sousuiko  へのDM

多数の場合は、お断りする場合があります。
(現在のところは20名程度を予定しています)  


20140602

讀賣會舘の三世代同居送水口を巡る

讀賣會舘。
どこのことかと思うかもしれませんが、有楽町のビックカメラが入っているビルのことです。


ここはかつてそごうデパートが入っていたことで有名です。硝子窓だらけの外壁。よく見れば不思議な外観です。
家族いわく、横浜市庁舎や日生劇場など数々の素晴らしい作品を遺した建築家、村野藤吾氏によるものとか。うむー、なるほど・・。

この讀賣會舘、1957年のものです。昭和32年。
期待が持てます。
では行ってみましょう。


先ずは入口付近。
さっそく見えます。

サイアミーズコネクション表示の送水口。左奥には防火栓もあります。



先ずは送水口から。
しっかり磨かれています。
小さめの半球から接続口が出ています。
そして斜めに入った捻子取り付け口。
分厚い蓋は赤く塗装されています。琺瑯仕上げというのだそうです。
水流にMのロゴマークで知られる村上製作所の特徴がこれでもかこれでもか、と見られる逸品です。綺麗です。


当時の赤がここまでそのまま残っているものもあまりないのではないでしょうか。
鎖の末端部分のデザインもいいです。下半分が少し浮いているのは蓋を傷つけないようにという配慮かと思っていますがどうでしょうか。


そしてこの緩やかな美しい曲線を描く絶妙な長さの鎖。そし鎖留を兼ねるロゴマーク。溜息が出ます。

 耐圧試験に合格しているようです。よかった!!











 次は奥の防火栓です。

控えめな逆瓢箪飾り板から突き出る、開閉弁と接続口の縦列防火栓。
こちらも蓋の塗装がしっかり残っています。百貨店でなくなってもきちんと手入れが引き継がれているのでしょうか。さすがビックカメラ。先日私のカメラも修理して頂きました。本当にすごいです。


真横から見てみましょう。接続口が緩やかに上向きのカーブを描き、使いやすくなっています。この防火栓によく見られる角型の爪も本体を傷つけたり操作のときに邪魔になったりしません。


防火栓と送水口の中央下にあった水栓。送水口の水抜でしょうか?径が小さいようですが。単に散水栓なのか。だとしてもほとんど使われていないようです。








実はこれだけではないのです。

少し離れた側面にまた一組。 


防火栓は先ほどの物と同型のようです。

今度は上からの画像を。


送水口のものよりも一回り小さいようですが、ロゴマークもついています。



送水口のみ先ほどと異なります。


真鍮色で美しいですが、形は明らかに新しいものです。


上から見たところ。

恐らく下↓の送水口と同型でしょう。よく見る型(下の写真は東銀座)ですが、この色は珍しい気がします。


横から。




更に他の側面に移動しました。
この壁面を塞いでしまっていたトラック(普通に仕事していただけですが)がいなくなるのをじっと待ち、やっと撮影できた物件です。


真ん中の露出Y型送水口に寄ってみました。更に新しいものです。

鮮明で違う角度からも撮影したのですが、あまりにも磨きこまれてどうしても自分が無駄にはっきり写りこんでしまうので今回は遠慮させていただきました。
それはともかく、飾り板の後ろに更にプレート、と至れり尽くせりの送水口です。
防火栓はこちらも同じ。
とすると、こっちにも最初の麗しい送水口がついていたということでしょう。いえこちらも非常に美しいのですが。


ここにはさらにスプリンクラー設備のための送水口も付いていました。ステンレスプレートに真鍮接続口、蓋がまたステンレス、と複雑な一品。


一番初めに紹介した送水口は建設時のもので恐らく昭和32年。
真ん中のものは次に古く、最後のものは最新型かと。


三世代の露出Yが一度に楽しめる讀賣會舘。
ビルを一回りするだけで歴史の移り変わりが楽しめます。
ぜひぜひ。


追記:この写真を撮影したのは昨年でしたが、既に一番上の送水口は黒ずんでいるという情報を得ました。あっと言う間です・・・毎日磨かないとだめだということなのですね・・・・