20190407

探索は一度で終われない


つい最近のことです。
送水口博物館館長が新たな発見をなさいました。
Twitterにて、「新宿にまさかのカタカナサイアミーズが!」と報告されていたのです。

新宿と言えば、何回も何回も歩き、送水口ウォークというイベントまで開催した場所。
「いやいやいや、そんな、まさか」
とは思ったものの、館長様の仰ることです。

そこに掲載されている写真を見れば、確かにカタカナサイアミーズ。
しかも自立型、しかもなぜか半分埋まっています。そして福島県の送水口を彷彿とさせるアダプタと鎖。

この迫力!!

台座には…
サイアミーズコネクションの文字!!
実在していました…

それにしても、新宿西口、ユニクロ近く。何度も言ってしまうのですが、

ここ、何回も通ってるんです




うむううう

ちょっと悔しいので過去のストリートビューを見たら、かつてここは大きなパチンコやさんでありました。わたしが頻繁にうろうろしていた頃は、植木や看板で隠されていたか、もしくは改装工事中だったか…



と、思いたい。

因みに台座の文字は内向き(送水口本体向き)ということは、もしかしたら、壁埋設用飾り板の転用?


…だとしたら、より貴重です…



次は川崎です。




渋い佇まいの単口です。
岸本さまでしょうか。


この送水口も、あれれ?こんなところにあったっけ?
という物件です。

ここ川崎駅周辺も、
かつて第一回送水口ナイトの折に友人二人と探索した場所です。その後もちょくちょく歩いていたのに…




まだまだあります。
次は東京駅八重洲口方面。
ビルとビルの隙間にこんな送水口があります。
Twitterにて、ゆーきーたさんという
作曲家の方より情報を頂いたものです。


使われていないことは一目瞭然。
それにしても可哀想、
そして何よりそのひっそりさ加減から、
「見つけてもらえてよかったねえ」
ということがまず思い浮かぶ送水口でした。
逆に言えば、そこで終わっていたのです。




しかし、現在進行中の
「日本逸品送水口百選」に掲載する土屋ビル物件を改めて撮影に行ったとき、
あれ?

あれれ?

この形、どこかで…!!!??

こちらは土屋ビル

こちらは八重洲

こちらも八重洲
「同じ型だったのか!!!!」


八重洲の送水口は単に可哀想な送水口ではなく、
「運命に翻弄されて不遇な晩年をおくっているお姫様」
だったのです。
気付かなくてすみませんでした…(泣


再会することによって新たな気付きを得た事例をもうひとつ。


こちら、日本で一番有名な送水痕と勝手に思っている第一生命ビル物件。
これを、私はずっと
「以前付いていた送水口と同じ形の何か(模型)をくっつけてあるタイプの送水痕」
であると思ってました。

・・・いえ、思い込んでいたのです。


何て丁寧な仕事だろう、と。


ある日、もう何回も見ているこの送水痕にふと顔を近づけてみたら


!!
文字と!ロゴが!
削り取られて、
削り取られて、
削り取られているCECの!
『本物だー!!』


こんな色のものはあまりないし、
文字がない状態は想像しにくいし、
いえいえいえ、言い訳をしても仕方ないのですがとにかくとにかく大事なのは、

「歴史を見つめてきた、ご本人であった」
ということなのでした。

マンホール蓋の世界に、紋章などを削ってしまった「虐待蓋」という言葉があります。
それは、とても可哀想な状態にある蓋に対し、マンホールファンの方々が蓋への愛を込めて鎮魂するための言葉なのですが、私はこれをそう呼ぶために取り上げたのではないのです。

こちらは
「間違って使われないようにその印を丁寧に均され、しかし本体はきちんと遺してくれていた」のです。虐待どころか、引退しても尚、以前と同じ風景を見続けることができるようにそっと、安置してくれていたのです。

それに気付いたとき、
気付けていなかったときの自分を悔やみました。
でも、気付かないままであるよりはいい。







じっと息をひそめていた送水口、
単に見落としていた送水口、
新たに生まれた送水口、
その結果の送水痕

一度歩いたからと言って油断はできません。
見ていたはずの送水口でも、新たな知見を持ったあとでは違って見えます。
違う角度から見て、
誓う距離から見て、
見えなかった何かに気付くときもある。


それは、送水口という宝探しの可能性に果てはないということでもあるのです。
なんて素敵なことでしょう。

だから、これからも私は歩き続けるのです。

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