20150726

小倉は今日も雨だった その2 ~表示灯編~

さてさて、福岡に来た~~と思うのはこの表示灯を見た時です。

説明は最後にして、今回はひたすら表示灯をアップしていきます。ではでは。


ステンレスのポールに表示灯。
火災のときに邪魔にならないとよいのですが。


アーケード送水口の表示灯。どこかと申しますと、 

ここでした。 


邪魔な設備があっても避けるように付けます。 



改修中も付けます。


送水痕になっても。







蜘蛛脚カバー(と勝手に呼んでます)を付けて。 


捕手のように。



このようなオモシロ送水口でも



ちゃんと付いています。 


どこが接続口か一瞬迷ったり、 

一人でこんなに大変そう、と思われても、

健気に設置されています。
(このように非常電話との兼用も可) 


ときには表示灯だけのものも 




ということはさすがに無いですが、 


明らかに表示灯の方が目立っている物件もありまして・・・


と思いましたがよく考えたらそれで正解なのでした。そういう役割です。はい。



そういう意味では、寧ろ溶け込んでいたら問題です。しっくり。 


しっくり。


というわけでとてもよく目的に沿っている表示灯。
隠れそうになっている送水口の在処を一生懸命主張しております。



こっちですよ~~

ここです!

ここなんです!!


一方で、そこまでせずとも・・という事例も。
この壁を作るなら壁埋設にすればよかったのではないでしょうか。




こちらは一緒に門番のお仕事をしているかのようです。

お出迎えも任せてください。





表示灯を設置する場所も工夫されています。

すっぽり。

ぴったり。



えーと・・・

吊られておりました。





さて、関東ではほとんど見ないこの表示灯。
九州地方の各県・地域の条例で特段強調されているというわけでもないようなのですが、
ルールを守ることに厳しい(と感じておりました)福岡県。
ひたすら設置基準を守っているということなのでしょうか。



実際、或るビルでは「消防法違反」の事例の一つとして北九州市の広報ページに
「表示灯が破損」として取り上げられてしまっていました。

件の送水口は「まあいいか」と撮影していなかったので
ストリートビューで確かめると、確かに故障しているようでした。



そういう意味では君たちも心配です・・・早く直してもらえるといいね。


ということで、福岡にいらしたら、送水口のそばにあるこの可愛い表示灯にも目を向けてみてください。


※味気ないことを言うようですが、送水口の場所は消防署で把握しているので、現在は表示灯がなくても特に支障はきたさないとか・・・・とか・・・・(でも可愛いので変えないでほしいとは思います)

小倉は今日も雨だった その1 ~アーケード送水口編~

とある事情で10年間暮らしていた福岡に行ってまいりました。

まずは小倉から。そういえばすっきりと晴れている北九州、少ないです。そういうめぐりあわせなのでしょうか・・・。
雨にも負けず、合羽を着こんで不審者に見えることにも負けず、駅周りのほぼすべての道を歩いてまいりました。

福岡と言えば表示灯という感もありますが、先ずは目についたのがアーケード送水口。
というわけで小倉第一回目はアーケード特集です。

暗い透明赤のアクリル。東京を出たということを実感いたします。



接続口にローレット加工。 



乾式マーク。
痕になっているわけではなく、塞ぎ方が厳重であるだけのようです。
いざというときに使えるのか不安ではありますが。



どんどん雨が強くなりますが、自由にできる時間が限られているのでマップに歩いた道をマークしながらひたすら歩きます。 


穴の開け方が少し強引なタイプ。
表示灯の可愛さたまりませんが、後日特集するので今回は上下の蓋の違いの方にご注目を。
きちんと点検、修理されていることがわかります。 

白い柱。 

赤い柱。 

さて、放水口は・・・・?

ありました。 


登りたい・・・。



見つけた放水口は全て単口でした。

つづきます!


20150720

横濱関内オールドプレート巡り ~送水口ナイト企画会議~


横浜市中区にある関内駅周辺。
関内と言えば、
キング(県庁)、クイーン(市税関)、ジャック(市開港記念会館)、エース(県立歴史博物館)
の4つの古き良き塔とドームが有名です。


しかしもう1セット。4つの古き良き送水口があるのです。
開港の歴史色濃く残るこの街には、私の知る限りオールドプレート(英語表記の送水口)が四か所にあります。

8月29日に行われる送水口ナイトの企画会議をここで行い、その後これらの送水口を巡ってみました。


奇しくもその正面に3塔が一望できるスポットのある県庁分館。
ここに一つ目のオールドプレートがあります。


硬質プラスチック蓋の色が美しい村上製作所製オールドプレート。
もともとねじ式だったものをホース接続のゴムを使って差込式に変換しているようです。
残念ながら鎖も蓋も純正ではありませんが、本体と飾り板はあの交詢社ビルのものと同型です。
SIAMESEの後には、ピリオドもあります。
ふつうここには打たない・・と思われる向きもあるでしょうが、送水口ファンにとっては村上様のものだと識別できる貴重な膨らみです。ほんの、このわずかな点にさえ美しい輝きを遺すその技術。
我々はこれを「奇跡のピリオド」と呼んでもよいのではないでしょうか。


なお、この型の送水口は接続口同士の角度が75度。
先日撤去した建設工業社様のものが120度です。
90度のものも多いです。
同じ露出Yであってもそれぞれ個性がある、その根拠が数字でわかると嬉しいものです。 










二つ目はこちら。同じく村上製作所製の送水口がこの横濱ビルにあります。

手前には新しい送水口達が見られます。
つまり、ここの送水口はもう退役しているということ。



しかし知る限り三ケ所しかないこの扇状プレートは貫禄充分。
(ここには二つ設置されています)
あとの二つは小伝馬町の滋賀銀行、そして釜石市役所です。


思えば、ここに「MURAKAMI」とあったにもかかわらず、この名前と「Mに水流」のロゴマークがなかなか結び付きませんでした。それが繋がって、さらにいろいろな方々との結びつきができました。手を合わせたくなる送水口です。

そして、ご覧下さい。この文字のエッジ。


村上製作所製の送水口の飾り板は文字も一緒に鋳造しているのだそうです。
このように文字の凸部の断面を台形にすることで、鋳型から抜き出しやすくなっているということです。

オールドプレート数あれど、文字を別で造って接着或いはビス留めしているものも多いようです。中にはシール状のものもあります。ですから文字が上下にずれていたり、一部がとれていたりするものもあるのです。

その中で、一体鋳造で多くの手間と技術を注ぎ込まれた村上製作所製の送水口は、いつまでも美しく整った姿を保ち続けているのです。


ここからはCEC、かの建設工業社さまの送水口です。
これは日土地横浜ビルのもの。
あまり見慣れないデザインですが、よく見れば雨がたまらず表示も汚れにくい額縁仕上げ。
しかも飾り板と同じ真鍮でつくってある高級オーダー品だと思われます。


しかし何となくいつもの建設工業社様の字体と違います。そわそわ。



比べてみましょう。
最初に同じ建設工業社様作、須賀工業様設置(と思われる)の送水口。兜町。
夜だったので不鮮明ですが(T_T)
 文字部を拡大。

日土地のもの↓と比べると、兜町のものは文字もスマート、Mの中が下まで来ているのは同じですが、Eの横棒の長さ、字間などいろいろと違うようです。



そういえば少し太めのものもあったなあということで、長岡、東京、名古屋などに遺る「スターウォーズ型」CEC壁埋設の字体です。

かなり違います。


因みにこちらがは露出Y型の英文字。ブリヂストン美術館のもの。

こちらは横浜駅相鉄口正面の単口オールドの英文字。

ということで、何となく不思議な一品でした。
余談ですが、この送水口をみんなで見ていましたら、研修後と仰るご婦人お二人が「なあに、それ?」と興味をもってくださり、「あら、知ってよかったわあ。今まで気付いていなかったもの」と喜んで写真を撮っていかれました。
こちらこそ、嬉しいことです。
最後に須賀さま印。 


さて、今回のトリがこちら。
関内駅前の大和銀行ビル。今ではリストビルと呼ばれています。

THE CEC とでもいうべきこの姿。

何とも言えぬこの色合いと佇まい。まさに風格ある銀行の壁を飾るにふさわしい趣です。




というわけで皆様、夏休みの横浜観光は塔やドームだけでなく、ぜひオールド送水口も巡ってみてください。




20150712

国宝救出 ~ブリヂストン美術館~

実は昨日(2015年7月11日)、あの八重洲の至宝、ブリヂストン美術館の送水口救出作業が行われました。



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ブリヂストン美術館。
終戦後、人々の心を芸術によって豊かにしようと設立された美術館。日本人が忘れてはならない大切な記憶であり業績です。
しかしそれだけではありません。

2013年の拙ブログでの記事 「黄金郷は八重洲にあり」 でも触れましたが、「わが国で初めての高さ制限31mの中での9階建てのビルの建築」であることで、高層階の防火対策が重要になってきたということです。その中で設置された連結送水管送水口は、アメリカの送水口を輸入したものではなく、国産のものでした。

建設工業社様のCECの刻印を背負うその送水口は、余りにも神々しく、送水口ファンの間では至宝、いや国宝と呼ばれてい(るといいなあと思い)ます。


そんな美術館が解体されるという情報を、「ステルススイッチ」のみわさんから教えて頂きました。
そしていろいろあり、(この辺りの詳細はいずれ)なんと日本送水口の歴史の二大巨頭、村上製作所さまと建設工業社さまが中心となってこの送水口を金属ごみへとなる運命から救い出すことになったのです。

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工事用のポールで囲まれ、蓋も外された送水口。
二年前と比べて色が少々くすんできていました。



60年余りという長い長い間、この東京の街を観てきたこの送水口。
ついにその持ち場を離れることになったのです。


先ずは隣にあるスプリンクラー送水口の飾り板が外されます。
こちらはどこの製品でしょうか。見慣れない形の弁であるような気がします。


この飾り板を外したとき、ある事実が発見されました。それが今回の救出劇の成功の一因となったのです。



次に採水口。


・・・・そして、送水口。

これまで行われた西新橋、そして川崎の救出活動に比べて工事は非常にスムーズに行きました。
経験と、そしてチームワークの力を改めて感じた一日でした。
そしてそれを支えたのは「諦めない」「困難が生じても何とかする」という前向きで強靭な村上社長の意志に他なりません。




最後に撤去跡をカバー。
送水痕を丁寧に覆います。




活動は終了、現場を後にします。
 道行く人たちに、「これが最後の姿ですよ!!!!!」と片っ端から声をかけたかった。
観ておいてください、と。



この工事を成功させる上で、積み重ねてきた技術が発揮されたり、
撤去したことで意外な事実が浮かび上がってきたり、


・・・・したのですが、それはまた後日。
送水口ナイトで詳細をお届けできるかと思います。
ここではあまりに長くなりすぎるのと、今は想いが整理しきれていない。
ですから、もう少し時間を・・・ということで。





最後に、個人的に我儘を言ってまいりました。
それはきっと抜け駆けというものですが、いえそうだとわかってはいるのですが・・・
ごめんなさいごめんなさい。


撮影させて頂きましたっ!
ロゴと社名入りヘルメット!!!!!!!!!

そして、ロゴ刺繍つき作業着!!!!

救出作業にうるうるとなりながらも、最後に撮らせてもらおうと虎視眈々としていた私を神様許してください。




(本当に)最後になりますが、今回救出されたサイアミーズ、ハイドラント、SP送水口たちは送水口ナイトでは勿論、秋からも或る形でお見せしたり、触れていただいたりすることができるようになります。乞うご期待!なのです・・・・!!!