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20170720

赤羽を見つめる麦わら帽子

赤羽には、こんな送水口があります。

まるで麦わら帽子のような大きなつば・・ではなく飾り板。

正面から見るとこの迫力です。
本体に比して非常に巨大です。 

ところでこの送水口を上から見てみましょう。

あれ、この角度はもしや・・・
露出Y送水口の接続口間が75度というのは


村上製作所様しかありえません!

ということで他の角度からもじろじろ。 

おおお、やはり 


やはり村上製作所様のものですが、この飾り板はいったいどうしたことでしょう。
村上製作所様の露出Yの飾り板と言えば、もちろんこんな感じなのですが・・・

まるで、南北製作所様のようです。


不思議です。
ということで(?)夜の写真もどうぞ。




見れば見るほど不思議です。

あまりに不思議だったので送水口博物館館長様におたずねしたところ、
「あの頃(この送水口がある赤羽第一葉山ビルができたのは昭和41年)は、送水口が売れて忙しかった。部品の製造・調達も大変だった。ビルの建設の進行を妨げないために、あえてこういう部品を使ったのかもしれない。」とのことでした。
なるほど、建設主様からの要望という可能性は低いのですね。それどころではなかったということなのかな。

日本各地に高い建物がどんどん増えていった時代。
送水口がどんどん増えていった時代。

それをかたっぱしから撮影していた方がいらっしゃらないかしら、と
今でも妄想してしまいます・・・・。

20121124

東京駅遺産考 2

東京駅の送水口のお話その2。
これは別系統なのできっとしばらくは残るのだろうと思います。


夜に撮ったので画面がわかりにくいですが、埋込式の美しい送水口です。

おそらく1972年総武地下ホームができたときにつくられたものでしょう。
概して昭和40年代ものは無骨な中に何らかのこだわりあるデザインが施され、金属も程よく廃れています。
送水口ファンの多くはこの40年代物件をお気に入りBEST3に必ず一つは入れているはずです。
それにしてもこの石積み。プレートとおおよそ同じ高さです。横幅はなんと完璧にプレートと一緒。
もちろん意図的でしょうが、すばらしい。他のどの石を見ても、送水口・・・・と思いをはせることが(おおよそ)できる優れた壁面です。
一体どんなすごい石屋さんが関わっているのでしょうか。
この壁面をつくった石屋さんと送水口を決めた業者さんに新東京駅ビルの送水口をつくってほしかった。