20130820

今日の1枚 106→110

淡々と。

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NO.106
5月26日(日)
 気持ちの良い朝に一枚。説明しにくい一枚。表示銘板の色、字・・・・腐蝕金属でも送水口本体でもないのですが心を打たれた物件。連結送水管という文字が( )に入っていない潔さも。


☆野毛方面にて撮影。表示ばかり書いていますが本体もいい。横浜では差込式を基本とすることになっているのでねじ式は少ないです。(ではなぜあるのかというと法律がわりとよく変わっているからだとか。)

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NO.107
5月26日(日)
@microrelief  感動です。ありがとうございます(T-T)


☆2013年5月の記事「黄金郷は八重洲にあり」で紹介した送水口です。実はこの写真のさらに奥にも採水口・送水口が一つずつあります。



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NO.108
5月26日(日)
 今日の一枚どころではないです。左側にも…(T-T)



☆いまだにときどき鑑賞しにいきます。

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NO.109
5月28日(火)
 おはようございます。西日本は梅雨に入ったとか。雨は嫌いではないです。曇り空の静かな朝に一枚。新橋駅な一枚。赤塗装剥落ぎみ+コンクリ、いくつ見てもときめくのです。

☆レトロな送水口を追いかけてはいますが、ステンレスの輝きも味わい深いと改めて感じる物件。赤い表示板に「新橋駅」って書いちゃったのがなんとなく面白いなあと思うのです。




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NO.110
5月29日(水)
 おはようございます。久しぶりに雨乞いをしています。雨雨降れ降れどんと降れ。でも帰りまでにはやんでほしい。そんな出勤前に一枚。再会の一枚。かつて別の場所で見た美品と同型か。環境は人を変える・・・(でもこれも好き)。

☆「修理中使用禁止」の札が付いている物件。修理は終わったのでしょうか。早めに再訪が必要な送水口です。旧字体楕円形プレート、見つけるとこころときめきます。






20130817

単口の愉しみ 第一弾

古きよき送水口探しの一環として単口送水口を集めています。かなり力を入れて。

単口の送水口が設置された時期は、建築の高層化、消防法との関連などである程度絞られます。
詳しいことは他の歴史的事項と一緒に次回以降に書くとして、今回は収集した中からいくつか紹介いたします。

よく見かける双口のものとはまた違う味わいがあると思うのですがいかがでしょうか。


接続口とプレートの間がぷっくりしている順に並べてみました。
美しいフォルムがわかるように真横からのショットと、全体の雰囲気がわかるななめ上からのショット、そしてメーカーロゴをセットにしています。
では、一緒にご堪能ください。



兜町
キャップ表面に赤くペイント



新橋
プレートの形が珍しいです。


新橋
単口なのにSIAMESE


横浜・関内
なんと赤アクリル

新橋
何があったらこんなふうにキャップ下部が破損するのか

新橋
プレートは上のものとおそらく同じだと思われます。
ぷつぷつの位置や字体。特に送の字のしんにょうが繋がっているのは特徴的です。
ただプレートと接続口をつなぐ部分の形はかなり違います。
もちろんこれにももともとは素晴らしい蓋がついていたのでしょう。



このほかにも巣鴨、新宿、そしてもちろん銀座・東京でも単口はみつかっています。
さらに東京以外でも報告をいただいております。
それらについては第二弾、第三弾を準備中です。

私自身も引き続き探していくつもりですが、「こんなところにあった!」という情報がありましたらお知らせいただけると喜びます。

20130815

今日の1枚 101→105

【露出Y】考、の前に少しだけ。

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NO.101
5月19日(日)
 11時前だけど、今日の家事ノルマ達成していないけれど、そういう日もあるということで潔く(?)寝ます。お休みなさい。寝る前に1枚。超美品の1枚。しかし立地は謎です。詳細は明日。


☆真鍮。露出Yのこの形と楷書体はよく見る組み合わせではあります。ありますが、撮影せずにはいられません。詳細は次。

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NO.102
5月20日(月)
 夜になりました。寝る前に一枚。補完の一枚。昨日の送水口がある風景。普通ではあるはずのない場所に送水口。それはここが新橋高架下だから・・・とはいえ、以前ここがかつては道路であったからなのか、それともここまでは車が入ってこれるという想定なのか。新橋高架下の歴史を調べていますがなかなかわかりません。
 この送水口がついているお店部分がはじめにあり、そのときに送水口ができ、その後この写真でいう右側の壁がつくられた、ならば納得いくのですが。
 実は右側の壁は一番古いのです・・・。

 点検証がついていることから、これが現在でも機能している、というか有事の際に機能するものとして扱われているということは確かです。それはつまりここにポンプ車が入ってくることを想定している、と。・・・・・とはいえ狭いです。一口にポンプ車といってもいろいろありますが。


☆ということでまだ謎のままのこの送水口。調査を続けてみます。新橋高架下の歴史に詳しい方がいらっしゃいましたら教えてください。宜しくお願い致します。

※8月16日(土)追記:昨日新橋再訪し、この謎はあっけなく解けてしまいました。観察力不足だったというしかありません。
 詳細は改めてページをつくってお知らせいたします。

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NO.103
5月22日(水)
 おはようございます。よい天気です。日焼けと戦う日々前哨戦。出勤前に一枚。通行を阻む一枚。新橋界隈繋がりで。


比較的新しい、上から見ると三角形に近い形をしている露出Yの送水口です。



そういえば、なにゆえYなのかというと配管からそれぞれの接続口に向かってのラインが120度になっているからです。
さらに、なにゆえ露出なのかというと
壁から出ているから、といえば勿論そうなのですが、では

「露出していないYはあるのか」

というといわゆるスタンダードな自立型、あれの多くはYである訳です。

つまり
一般的な壁埋設・・・露出でもなくYでもない
水平120度に接続口が設置されている自立型・・・露出ではないがYである
上の二つの送水口の例・・・露出でありYである
ということになります。



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NO.104
5月23日(木)
 おはようございます。今週は土曜日まで出勤です。木曜日なのに先が遠い・・・気を取り直して出勤、の前に一枚。巻かれ過ぎの一枚。電線が好きなのか好かれているのか・・・



☆そういう意味では、この例は露出しているがYではない、という事例になります。
勿論設計した方々は予測も想像もなさっていないでしょうが。


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NO.105
5月23日(日)

☆そして、これは
 まったく露出を拒んでいるがYである
 ということになります。



函館2013 その3 TOYO OTISと沈黙の時間に吹く風

旧市街。
函館市地域交流まちづくりセンター。旧今井丸井百貨店、店舗。


 函館市の歩みをずっと見てきた建築のひとつです。


中には手動式のエレベーターがあります。中にいる係の方に頼むと説明つきでのせてくれるのです。


まわりは樹木?と思いきや「赤大理石」とか。なんという豪奢。


係のお姉さんいわく、
「世間にはエレベーターマニアという人たちがいらっしゃいまして、その方達はこの外観よりもOTISの前にあるTOYOという文字にびっくりされるんですよ~。」
とのこと。
「という人たち」って。それはいいとして。
エレベーターの床と地面の高さを合わせるのが大変なんだとか。ふむふむ。



かつてはエレベーターガールがこの大変な箱をよいしょよいしょと動かしていました。
そのときにこの札も使っていたそうです。 

壁には階数表示が書いてあり、エレベーターが動くとそれが見えます。


手動なので、途中で止めることもできます。
そしてシャッターを開けてくれました。がらがら。


6階の文字が消してあるので、もしや!と思い、お姉さんに質問したところ・・・。



かつては屋上遊園地があったとのこと。「もちろん今は閉鎖していますけど」と。
うわあ、見たかったです。

で、これが5階からの風景です。



そしてもちろんエレベーター内は禁煙です。




 このように、しっかりと歴史を伝えるべく保存されているものがある一方



時の流れに朽ちていくものもまたありました。
このまま保存されるのか、あるいは・・・・。


HOTEL NEW HAKODATE




北方歴史資料館 

エビス商会


旧ダイエー
看板にはホリタの文字も。来年には取り壊されるとか。


倉庫。かつては製氷に使っていた?




ここにあげたどの建物にもかつて人々の喜怒哀楽があり、そして消えていきました。
それらを全て再現することは不可能であり傲慢です。
けれどこの時間に繋がるあらゆるできごとを愛おしいと思って生きていきたい。
そうカメラの前で感じました。


20130814

函館2013 その2 消火栓と蓋 編

今回話題がぽんぽん飛びます。
宜しくお願い致します。


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函館のサイトを見ると必ずのっている黄色い消火栓。
地上消火栓。

これです。





【地上消火栓への水供給】
 
 先ずは「水」のことから。

 函館名物、黄色い消火栓。
 中央の立管の内径150mm、放水口は両サイド125mm、正面が65mm。
 
 他の地域で見られる地上式消火栓は65mmで単口あるいは双口が多いことを考えると異形です。
 現在は三口、四口の消火栓もありますが、使用する水量のことを考えると当時では画期的だったと言えるでしょう。

 内径が太くなるほどに使用する水量は勿論増えますが、或る程度の水量を送らねばきちんと放水できないということも意味します。

 ところでかつて開港のころ、下記の問題が函館を悩ませていました。
人口増に伴い生活水・飲料水の需要が増えたこと
地形的に風が強く、火災が多発したこと
コレラなど伝染病が流行したこと
 
 これらの問題を解決するべく、函館は横浜について二番目に近代水道施設を「日本人が」監督して完成させました。
 開港1859年から30年。このころの日本のバイタリティを感じさせる偉業の一つです。
 その後もダムの建設などを続け、函館は安定的な水道供給を誇るまちになったということです。

 ダムと言えば今回初日、着いてすぐに向かったのは笹流ダム。
 日本で六基しかないバットレスダム。しかも本邦初とか。
 
 それにしても、巨大なコンクリの塊には心惹かれます。 

下から見上げる堤体、大迫力です。そして近付くととても涼しいのです。


よいしょよいしょと天端にも上がりました。ふう。
ダム湖かなりたぷたぷです。
しかもこんな山の中に・・・カモメ? カモメですか? 


 この子たちときたら近付いても全く意に介しません。写真撮り放題です。サギらしき鳥もいました。ダムと鳥が好きな方は是非。函館からバス、赤川小学校前で下車です。



・・・・・いや、消火栓の話でした。

【地上消火栓と地下消火栓】

 函館の名物となっている地上消火栓ですが、はじめは地下埋設だったとか。
 しかし、雪国なので冬にはいざというときに見つけにくい。そこで、新たに造られるものは全て地上式になったそうです。
 色が黄色というのも雪のときに見つけやすいからとか。
 確かに屋外消火栓と言えば赤いというイメージがあります。誇り高き真紅。
 そういえば、伊豆でも黄色い地上消火栓を見ました。こちらは積雪はあまりないのではと思うのでその理由は不明です。色も函館と比べると少し薄い。さらに新しいものはステンレスでした。色の理由、調査続行。




 一方、函館の屋外消火栓は年間150体ずつ塗装され直しているそうです。2012年の資料で地上式は2361本(市消防本部より)というデータがあるので(ソースによっては3000体近くと書いているものも)20年近くに1どは塗り直される計算です。

 ただ、消火栓によって塗り方が異なっているケースがあるのでそれに気付くとちょっと楽しかったりします。



 ちなみに、地下消火栓も新たには造られないまでも、使用できる状態にあるものは350箇所を越えるそうです。

 それがこれ。
 



この蓋と似ているものとして、矢印がついているものもありました。
こちらは地上消火栓のメンテナンス用であるような気がするのですが・・・どうでしょうか。
これが地下式そのものだとしたらあまりにも数が多いような気が致します。(※追記①へ)


なお、防火水槽もしっかりと機能しているようです。

一応書いておきますが、ここもまあ何というか・・・はしご車でした。

実際に屋外消火栓なり防火水槽なり、採水口なり・・・そこから水を採るのはポンプ車です。
なのに。
全国の消防関係のマンホールの蓋に描かれているのははしご車。
理由はただただ「消防車っぽいから」。
がんばれポンパー。ポンプ車の書いてある蓋がありましたら撮りにいきたいです。



さて、最後になりますが、地下式消火栓の四角い蓋+丸蓋。
一番はじめに造られたものが北方民族資料館の前に残っていると何かで読んだので(あいまい)、撮影したのですが、

同じような蓋が五稜郭タワーのそばにもありました。あれれ・・・。






ということであっちに行ったりこっちに行ったりと忙しいページになってしまいました。
最後になりますが、函館の地上消火栓を造っているのは「村瀬鉄工所」さまというところです。

裏側に明記してあるのですが、この文字の美しいこと。
村瀬鉄工所さまは現在でも部品を自社で製造、一つ一つ丁寧に消火栓を造っていらっしゃるそうです。


2013年8月15日 追記
①矢印がついているのは「仕切弁」であるということです。
 情報提供:馬明さん(ありがとうございました)
②この村瀬鉄工所さまですが、市内にある電柱も造っていらっしゃいました。
 写真を整理していて「ああ、ここにも!」と思い出した次第です。
 ロゴが少し古い感じで素敵です。









今回参考にさせていただいたブログなど